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小説現代長編新人賞

第12回
小説現代長編新人賞
結果発表

第12回
小説現代長編新人賞
結果発表

第12回小説現代長編新人賞は、郵送とWEBであわせて997篇の応募がありました。106篇が一次選考を通過、次いで18篇が二次選考を通過し、最終候補には下記の5作品が選ばれました。朝井まかて、石田衣良、伊集院静、角田光代、花村萬月、各選考委員の審査の結果、受賞作品を下記の通り、決定いたしました。

第12回小説現代長編新人賞

第12回小説現代長編新人賞

吉森大祐(よしもり・だいすけ)
応募時ペーンネームは葭森大祐
1968年7月7日東京都文京区生まれ、慶應義塾大学文学部卒業。’93年に某電機メーカーに入社し、現在も在職中。5年前より小説を書き始め、小説現代新人賞は今回で4回目の応募となる。都内在住。

吉森大祐

幕末ダウンタウン

受賞者の言葉

 出張先で仕事中に受賞の連絡をいただき、会議室の外で、固まりました。
 電話を切ったあと、改めて事態の大きさに圧倒され、しばらく会議の内容が頭に入りませんでした。
 ありがとうございました。
 振り返りますと、子どものころから本が好きで、スター作家の方々に強い憧れを持っていました。青春期になると、小説家になることを夢みて、友人たちに吹聴するようになりました。
 しかし、そのころ、本当に小説の意味や意義を理解していたのかというと疑問です。ただ恰好をつけて、ファッションのように、小説家志望だと言っていただけのような気がします。あのころ、何かを書こうとしても、何も出てきませんでした。
 私が本当に小説の意味を知ったのは大人になってから。
 何年も働き、さまざまなモノを背負い、思うに任せぬことにまみれ、ニッチもサッチもいかなくなってからです。
 上にも下にも叩かれ、疲れ果て、満員電車に揉まれ、這うように家に帰り、ベッドに体を横たえた夜。
 ストレスで体がビリビリとしびれ、自己嫌悪に打ちひしがれた深夜。
 すがるように手を伸ばした小説の世界に、その本当の魅力を知りました。
 エンタテインメントには、人を癒す力がある。
 ああ、小説ってモンは、自分みたいに普通の暮らしをしている人間のためにも存在してくれている。頭がいい恵まれた連中にだけ許される「アッチの世界」なんかじゃないんだな。
 そう思ったとき、書きたいという思いが勃然と浮かび上がりました。四十を超えて、私は再び原稿用紙に向かうようになりました。
 忙しくても、疲れていても、小説を書きたい。
 そう思うようになりました。
 力不足はわかっています。下手だとも思っています。もし、本当に才能があるのなら、若いうちに書けていたはずです。今回の受賞作も、技術がある人から見れば、改善の余地だらけでしょう。
 それでも、私は、小説を書きたい。
 下手でも、ダメでも、書き続けたい。
 この「強い思い」だけを評価いただき、今回、受賞させていただけたのではないかと思っています。決して技術や才能を評価していただいたわけではない。そんな風に思います。
 私の原点は、疲れ果てて帰った夜のベッドで読んだ、あの小説─
 あんな小説を、書けるようになりたい。
 今回の受賞を励みに、書き続けます。
 末筆になりますが、下読みから最終選考まで、拙作をお読みいただいた全ての皆様に感謝いたします。
 改めまして、ありがとうございました。

吉森大祐

 出張先で仕事中に受賞の連絡をいただき、会議室の外で、固まりました。
 電話を切ったあと、改めて事態の大きさに圧倒され、しばらく会議の内容が頭に入りませんでした。
 ありがとうございました。
 振り返りますと、子どものころから本が好きで、スター作家の方々に強い憧れを持っていました。青春期になると、小説家になることを夢みて、友人たちに吹聴するようになりました。
 しかし、そのころ、本当に小説の意味や意義を理解していたのかというと疑問です。ただ恰好をつけて、ファッションのように、小説家志望だと言っていただけのような気がします。あのころ、何かを書こうとしても、何も出てきませんでした。
 私が本当に小説の意味を知ったのは大人になってから。
 何年も働き、さまざまなモノを背負い、思うに任せぬことにまみれ、ニッチもサッチもいかなくなってからです。
 上にも下にも叩かれ、疲れ果て、満員電車に揉まれ、這うように家に帰り、ベッドに体を横たえた夜。
 ストレスで体がビリビリとしびれ、自己嫌悪に打ちひしがれた深夜。
 すがるように手を伸ばした小説の世界に、その本当の魅力を知りました。
 エンタテインメントには、人を癒す力がある。
 ああ、小説ってモンは、自分みたいに普通の暮らしをしている人間のためにも存在してくれている。頭がいい恵まれた連中にだけ許される「アッチの世界」なんかじゃないんだな。
 そう思ったとき、書きたいという思いが勃然と浮かび上がりました。四十を超えて、私は再び原稿用紙に向かうようになりました。
 忙しくても、疲れていても、小説を書きたい。
 そう思うようになりました。
 力不足はわかっています。下手だとも思っています。もし、本当に才能があるのなら、若いうちに書けていたはずです。今回の受賞作も、技術がある人から見れば、改善の余地だらけでしょう。
 それでも、私は、小説を書きたい。
 下手でも、ダメでも、書き続けたい。
 この「強い思い」だけを評価いただき、今回、受賞させていただけたのではないかと思っています。決して技術や才能を評価していただいたわけではない。そんな風に思います。
 私の原点は、疲れ果てて帰った夜のベッドで読んだ、あの小説─
 あんな小説を、書けるようになりたい。
 今回の受賞を励みに、書き続けます。
 末筆になりますが、下読みから最終選考まで、拙作をお読みいただいた全ての皆様に感謝いたします。
 改めまして、ありがとうございました。

吉森大祐

梗概

「幕末ダウンタウン」

 慶応三年、京四条の河原町─鴨川の河原には葭簀張りの見世物小屋が建ち、川沿いには劇場の幟がはためいている。その光景はつい最近新撰組に入隊したばかりの濱田精次郎の目には噓くさく映っていた。サムライたちが夜ごと血で血を洗っている激動の時代にしてはあまりにも平和に見えるからだ。
 その矛盾する様相に複雑な感慨を抱きながら大橋の欄干にもたれかかっていた精次郎へ声をかけてきた者があった。見ると、彼がかつて大坂船場の賭場で用心棒をしていた頃知り合った藤兵衛である。
 桂文枝という噺家であるこの男は、博打好きが高じて借金を抱えたあげく噺のネタを質草に取られ、その結果高座に上がれなくなり京へと流れてきたのだという。
 そのいきさつもさることながら人の気をそらさない話術によって、精次郎はいまだ手柄を立てられずにいる屈託をつい明かしてしまう。気の良い文枝はすぐさま協力を申し出るのだったが、その内容は驚くべきものだった。
 文枝は精次郎へ四条河原亭の舞台に立ち、「新撰組漫談」をやるように進言したのである。そんなふざけた真似がサムライである精次郎にできるはずはない。
 しかし、寄席という場所はいろんな人間が出入りする、情報の宝庫だというのである。そこに身を置くことで長州や薩摩に関する有益な情報を摑める可能性があるのだとも。
 そして精次郎と文枝の前に長州藩士とつながりがありそうな絶世の美女、松茂登が現れる……。

「幕末ダウンタウン」

 慶応三年、京四条の河原町─鴨川の河原には葭簀張りの見世物小屋が建ち、川沿いには劇場の幟がはためいている。その光景はつい最近新撰組に入隊したばかりの濱田精次郎の目には噓くさく映っていた。サムライたちが夜ごと血で血を洗っている激動の時代にしてはあまりにも平和に見えるからだ。
 その矛盾する様相に複雑な感慨を抱きながら大橋の欄干にもたれかかっていた精次郎へ声をかけてきた者があった。見ると、彼がかつて大坂船場の賭場で用心棒をしていた頃知り合った藤兵衛である。
 桂文枝という噺家であるこの男は、博打好きが高じて借金を抱えたあげく噺のネタを質草に取られ、その結果高座に上がれなくなり京へと流れてきたのだという。
 そのいきさつもさることながら人の気をそらさない話術によって、精次郎はいまだ手柄を立てられずにいる屈託をつい明かしてしまう。気の良い文枝はすぐさま協力を申し出るのだったが、その内容は驚くべきものだった。
 文枝は精次郎へ四条河原亭の舞台に立ち、「新撰組漫談」をやるように進言したのである。そんなふざけた真似がサムライである精次郎にできるはずはない。
 しかし、寄席という場所はいろんな人間が出入りする、情報の宝庫だというのである。そこに身を置くことで長州や薩摩に関する有益な情報を摑める可能性があるのだとも。
 そして精次郎と文枝の前に長州藩士とつながりがありそうな絶世の美女、松茂登が現れる……。

奨励賞

小原周子(おはら・しゅうこ)
応募時ペーンネームは李 周子
1969年8月16日埼玉県大宮市生まれ。春日部准看護学校卒業の現役ナース。20歳代にはアルバイト生活をしながら小劇団に所属して舞台に立った。2000年頃から小説を書き始め、さまざまな賞への応募を続けていたが、今回受賞しなければもうやめようと思っていた。ペンネームの小原は好きな映画「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラから、周は山本周五郎から拝借した。埼玉県さいたま市在住。

小原周子

ネカフェナース

受賞者の言葉

 身の丈に合った、自分らしい小説を書こう。そう決めてこの作品を書き出しました。気取らず背伸びをせずに書けるもの、自分がよく知っている世界。それがナースという仕事でした。きれいなナースではなく、汚くて醜いナースがいい。どうせなら患者、家族も汚れていたほうがいい。そうして出来上がった作品でした。
 この作品を書き上げるまで、この賞をいただくまで、十年以上も小説教室に通いました。途中、何度ももうやめよう、この作品で最後にしようと思いました。けれどやめることはいつでもできる、今日一日だけがんばって明日やめよう。そう心に言い聞かせながら、作品を書き続け、ここに辿り着きました。
 継続は力なり。
 その一言をしみじみ感じています。
 これまで様々な人と出会い、支えられてやってきました。ここまで周子を励まし、応援してくれた人達に今は感謝の気持ちしかありません。同時にこの作品を選んでくださった選考委員の先生方にも感謝しています。本当にありがとうございました。

小原周子

 身の丈に合った、自分らしい小説を書こう。そう決めてこの作品を書き出しました。気取らず背伸びをせずに書けるもの、自分がよく知っている世界。それがナースという仕事でした。きれいなナースではなく、汚くて醜いナースがいい。どうせなら患者、家族も汚れていたほうがいい。そうして出来上がった作品でした。
 この作品を書き上げるまで、この賞をいただくまで、十年以上も小説教室に通いました。途中、何度ももうやめよう、この作品で最後にしようと思いました。けれどやめることはいつでもできる、今日一日だけがんばって明日やめよう。そう心に言い聞かせながら、作品を書き続け、ここに辿り着きました。
 継続は力なり。
 その一言をしみじみ感じています。
 これまで様々な人と出会い、支えられてやってきました。ここまで周子を励まし、応援してくれた人達に今は感謝の気持ちしかありません。同時にこの作品を選んでくださった選考委員の先生方にも感謝しています。本当にありがとうございました。

小原周子

梗概

「ネカフェナース」

 桑原ひまりはネットカフェを転々としながら派遣ナースとして働いている。ネット経由で依頼を受け、主に自宅で介護されている患者のところに赴き、介護をするのが仕事だった。
 派遣先の事情はさまざまだが、家族が旅行をしたり外出して羽を伸ばす間の留守番しながらの介護では、ミュージシャン志望で恋人の宗一を派遣先に呼んで、二人で好き勝手に過ごしたりしている。
 ある日、宗一にだまされて借金の保証人にされていたひまりは、彼が逃げたため借金取りに追い詰められることになる。
 ひまりは病院に勤めていたとき、あるミスを犯したことで怖くなり、病院からも実家からも離れてネカフェで寝泊まりを続けていたが、進退窮まって実家に戻った。事情を聞いてこない両親との平穏な暮らしが始まるが、やがてそこへも借金取りがやって来る。
 そんなとき父親が脳梗塞で倒れ、自宅での介護が必要になる─。

「ネカフェナース」

 桑原ひまりはネットカフェを転々としながら派遣ナースとして働いている。ネット経由で依頼を受け、主に自宅で介護されている患者のところに赴き、介護をするのが仕事だった。
 派遣先の事情はさまざまだが、家族が旅行をしたり外出して羽を伸ばす間の留守番しながらの介護では、ミュージシャン志望で恋人の宗一を派遣先に呼んで、二人で好き勝手に過ごしたりしている。
 ある日、宗一にだまされて借金の保証人にされていたひまりは、彼が逃げたため借金取りに追い詰められることになる。
 ひまりは病院に勤めていたとき、あるミスを犯したことで怖くなり、病院からも実家からも離れてネカフェで寝泊まりを続けていたが、進退窮まって実家に戻った。事情を聞いてこない両親との平穏な暮らしが始まるが、やがてそこへも借金取りがやって来る。
 そんなとき父親が脳梗塞で倒れ、自宅での介護が必要になる─。

選評

朝井まかて

圧倒的な二人

 私はこの賞の第三回奨励賞を受けて、デビューした身です。この賞に関わるたくさんの人たちに見守られ、育てていただきました。今回から選考委員の末席に加えていただいたことで、つくづくと、改めてその有難さが身に沁みた次第です。だからこそ、今回、力のある書き手を二人も見出す選考結果となり、とても嬉しい。お二人の今後に幸先のよい感触を持っています。こういう勘は、きっと当たると思います。
「幕末ダウンタウン」は、新撰組とお笑いという題材の組み合わせが抜群。この作者はとてもセンスがよいのだろう。筋立てがよく練ってあり、主人公の成長とお笑い、幕末の情勢がうまく嚙み合っているところにも好感を持って読んだ。歴史の表舞台では語られることのない底辺の人間が激動の時代を生き抜き、作者なりの真実に到達している。ただ、私は満点を投じることはできなかった。現代の既存の芸人、テレビ番組のイメージに寄りかかり過ぎていると感じたからだ。読み手によってはそこが面白さの一つなのかもしれないけれど、そのアイデアを取っ払って濱田と松茂登を描いても、充分な熱量と魅力を持った作品だと思う。方言についてはあまりに正しく書こうとすると読むリズムを損なうので厳密にする必要はないが、「話芸」を題材にしているのだから上方弁にはもう少し配慮が必要か。いずれにしても、時代小説のジャンルを超えて多くの読者に読んでもらえる作品だと思う。吉森さん、おめでとうございます。
「ネカフェナース」は、介護や老人を題材にした場合に陥りがちな甘さを排して、生の光と醜さを描き切ったと思う。とくにラスト、ネタバレになるので詳述しないが、主人公の両親に対する行動にはカタルシスを感じたし、読者にぐいと問いかけてくる。つまり、書くべき場面から逃げない、その肚の据わりっぷりに私は惹かれた。この作品をこそ新人賞に推そうと選考会に臨んだ。ただ、物語全体で見れば、介護以外の部分が極端に弱い、リアリティを欠くという指摘があり、それには首肯せざるを得なかった。小原さん、強みを減じることなくしっかり手入れをしてリリースし、次作に挑んでください。おめでとうございます。
「丹生島城の聖将」は戦国武将と信仰という題材が興味深く、こういう題材を選ぶこと自体、これまで書き込んできている相当な手練れであろうと期待して読んだ。が、最後まで物語に身をゆだねることができなかった。いかんせん説明が多く、重複も目に余る。歴史小説の場合、説明は不可避だが、その文章に滋味がないと先を読んでもらえない。そして最大の問題は、主人公の治衛門(リイノ)だ。「悪鬼」と地文で強調しているけれど、言動、心情は凡人で、つまり圧倒的な悪を場面で示していないので、その後の信仰に至る経緯、武人としての偉大さも像を結びにくかった。何につけても、書き手が主人公を賛美し過ぎだ。大友宗麟の人物像は魅力的で、とくに治衛門への妬心はとてもよかった。赤神さんは力のある人だと思う。物語の取り回しに腐心し過ぎず、描くべきことに注力してください。今後に期待しています。
「女一貫・営業らいふ」は自己愛だらけのブログを延々と読まされているようで、胸焼けがした。PMS(月経前症候群)は小説の材料にとどまっており、それを理由に吠えているだけで、かえってPMSへの理解を阻むのではという危惧さえ抱いた。作者によると「今の日本におけるマイノリティたちの生きて行きづらさ」を描いているらしいがいっかな響いてこず、それは営業の現場における折衝、駆け引き、社内での会議のほとんどが地文での説明に終始しているからだろう。母親の事故死について、父親の「足りなかったんだ。みりんが」という台詞はよかった。こういう捉え方ができるのに、女性性や時代性といったテーマに目が眩んだか。まずは筆力を鍛えて。紋切り型の表現、常套句、安易な比喩が多過ぎます。
「父娘行儀」も、リアリティを欠き過ぎる。構想ありきで、小説家や編集者、タクシードライバーの生活・心情はこんなものだろうとの既成概念だけを土台にしては、物語が力を発揮しない。赤ん坊と出会った時の主人公の姿にはほろりとさせられただけに、安いドラマのような既視感のあるラストになってしまったのが残念。〝こんな物語を書いたらウケルのでは?〟という色目を使わず、あなた自身が書かずにはいられない題材で書いて、また応募してください。

石田衣良

時代小説に吹き寄せる新風

 選評にはいるまえに小言をひとつ。みんなペンネームをもっと大切にしよう。今回の五人はひとつとしていい名がなかった。ひとつひとつの漢字、語の組みあわせのセンスがまるで感じられないものばかり。そのあたりを改良するには、文庫本の名作選でいいから俳句や短歌をきちんと読んでください。できればノートに書き写すこと。あとは現代詩なんかも。変わった漢字は一文字でいい。普通だけど、どこかピリッとしている、洒落ているくらいのペンネームがベストです。
「女一貫・営業らいふ」働く女性の不平と愚痴が延々と続くけれど、その悪口が芸になっていなかった。ヒロインの自分自身への深い視線や反省がないのが不満。読者はつい「じゃあ、あんたはどうなんだ」と突っこみたくなる。小説には人の目だけでなく、鳥の目も必要です。
「父娘行儀」プロの作家や編集者に読ませるなら、出版業界について最低限の取材はしておこう。こんな作家志望者も編集者もいるはずがない、そう思われたら負けだ。血のつながらない父と娘の古典的な話だけれど、こうした定型を踏襲する場合、著者の技術とセンスが問われる。その点ですこし力が足りなかった。
「丹生島城の聖将」よその選考会でも著者の作を読んだけれど、そのときに比べると各段に腕をあげている。前半、柴田治衛門が悪事と殺人を重ねる場面にはドキドキするようなピカレスク的面白さがあった。後半キリシタンに回心すると魅力は半減するが、最後の合戦シーンで見事に盛り返した。すでにプロの作家としてデビューするだけの水準には達している。今回は新鮮さを求める賞ということで、惜しくも選から漏れたが実力は十分。赤神さんはさっさとプロになって、実戦で腕を磨いたほうがいいのでは。多くの読者が好むだろう英雄を書くのが上手い。作家としての強力な武器です。
「ネカフェナース」小原周子さん、奨励賞おめでとう。とにかく素材が抜群。一日八万円という派遣ナースがいく先々で、ひと癖もふた癖もある患者と家族に衝突する。しかもクールな姿勢は一切崩さずに。現代の家族の壊れ方のカタログを見るような妙味があった。惜しいのは素材の鮮度に、フィクションの部分が追いつかないところ。保証人や街金の話はよく知らないのなら書くことはなかった。たかだか三百万のために監禁やレイプを実行するお人よしのヤクザはいない。あなたの場合はつぎになにが書けるかが勝負です。ナースもののシリーズ化と悪役の設定を考えてみよう。
「幕末ダウンタウン」吉森大祐さん、受賞おめでとう。読めないペンネームは損なので改名をお勧めします。(編集部注:その後、改名いたしました)人気の新撰組をストレートに書かずに、脱組した男(ハマダ)を芸人にするというセンスに脱帽。幕末維新の寄席の世界を書いた小説は数すくない。人が書かないことを書く覚悟はあっぱれ。実在する桂文枝師匠との絡みもよく、相方になる芸者上がりの女芸人・松茂登(マツモト)も個性的。新撰組の隊員として老僧を襲撃殺害する場面、恩人の遺体の前での漫才など読みどころはたっぷり。時代小説ではめったに見ることのない新風を吹かせてくれた。それだけで受賞に値する。こうした好素材をどう見つけ続けるかが大事。授賞式までにあと五本分のアイディアを考えてください。

伊集院静

キラキラ、まぶしい

 文学に限らず、新しい人たちの世界に触れることは、私にとって新鮮なものを見ているという、それだけで胸が高鳴る気がする。たとえばスポーツの世界でも、ルーキーと呼ばれる新人がどんなプレーをするのだろうか、と思っただけでワクワクしてしまう。ヤンキースで活躍した松井秀喜さんなどはその典型というか、登場しただけでまぶしくて惚れ惚れとしてしまう。その上、特大のホームランを放つと、その打球が描く放物線の美しさにタメ息を零してしまう。やはりそこに見る人を感動させる才能、能力、パワーがあるからだろう。
 或る時期、私は故郷の高校で野球を教えていた経験があったので、新人が入部して来ると、その人のユニホームの着こなし、そうしてグラウンドに入り、少し走り出した瞬間に、その新人の実力、可能性がわかることがある。ただその選手が三年間でめざましい成長をするかと言えば、それは別なのである。むしろユニホームの着方もどこか垢抜けず、走り出してもぎこちなさが目立つ新人の方が三年過ぎると素晴らしい選手になっていることもある。
 妙な話から選評を書きはじめたが、新人賞の応募作は、作者のたたずまいが、その文章から感じ取れることは多い。他の人より多くの新人作家を見て来た経験値もあるが、私自身の新人の頃に似ていると思った作品には応援したくなる。
 今回の受賞作となった吉森大祐さんの「幕末ダウンタウン」には、おや、こんなプレーをする新人は初めてお目にかかるナ、と言う何よりも新鮮さがあった。新鮮で足らぬならキラキラと光るまぶしいものが文章、ストーリーの中に見えた。新撰組の若い隊員と寄席という設定もいい。小説のシチュエーションはアイデアではない。むしろそれとは逆で、どうしてもこの世界でなければ嫌なんだ、と言う、強情なところが必要である。それが小説の個性を作る。選考会の最初から候補作の中できわだっての評価を受けたのもうなずけた。ダウンタウンなるタイトルが現代のタレントと重なることは選考会で言われて初めてわかった。そんな仕掛けが不必要であるほどシャープな作品だった。受賞おめでとう。
 奨励賞になった小原周子さんの「ネカフェナース」は介護の現場の描写、会話が卓越していた。たいした才能である。ただ主人公と恋人とのシーンになると、介護の描写ほどのしっかりした作家の目が欠落していた。それだけなので今後を大いに期待している。赤神諒さんの「丹生島城の聖将」は候補作の中で文章、描写が一番安定していたし十分な実力、才能がある。ただ私には神との関りが希薄に感じられて推せなかった。勝木友香さんの「父娘行儀」は興味深く読んだ。文章や、視点に稚拙な所があったが、この作家の持っている世界は将来何か佳いものを手にできる気がした。頑張って書いて欲しい。葩予十愛さんの「女一貫・営業らいふ」は少し急いで書き過ぎである。スピード感は小説の大切な要素だが、OLの経験があるなら、主人公を含めて周囲の登場人物の表情が伝わって欲しい。何度か挑めばコツはわかって来るはずだ。頑張って続けることだ。

角田光代

時代と個人

「丹生島城の聖将」の、ところどころに私はひどく感動した。柴田治衛門という大友宗麟の近習を中心に、複雑で入り組んだストーリーを作者は大胆に展開させている。実際の戦闘の描写は私には読みづらく、その図もうまく浮かばないのだが、治衛門の内面の葛藤は抜群の筆力で、迫力を持って描かれていると思った。その落差は欠点ではなく、戦争などより個人の人生の獲得のほうがよほど意義ある闘いだという主張にも読めた。また、カマキリ武宮武蔵や、大友宗麟といった人物の造形は魅力的で新鮮である。惜しいのは、改宗前の治衛門がさほど冷酷無比には思えず、改宗後との変化がわからなかったこと、治衛門の強さが言葉でしか説明されていないこと、この時代のキリスト教はどのようなものであったのか、いっさいの説明がないので理解できない点が多々出てきてしまうこと。そう考えると、作者の書きたいことは、この枚数をもってしてもまだまだ足りないのかもしれない。
「父娘行儀」はストーリーを先行させてしまったがために、ほかのことがすべてあとまわしになっている。ほかのこととは、人物描写、感情描写、説得力、リアリティなどだ。驚くぐらい誤字が多いのも、ストーリーに気を取られすぎたせいだと思う。ストーリーを追うあまり、小説の視点を無自覚に換えているのは問題だ。たとえば終盤、父親の亮介の視点で書いているのに、その亮介の泣く姿を描きたいがために、ラスト三行だけ第三者の視点を借りる。そこには作者の意図はなく、カメラの切り替えのような都合よさがある。ストーリーよりまず「人」を書いてほしい。
「女一貫・営業らいふ」の主人公である営業ウーマン理子は、元気がよくて裏がなくて、友だちになったらさぞやたのしいだろうと思う。でもそれは、友だちになれなかったらものすごくしんどそうだ、ということでもある。語り手の理子は、社内でのパワーハラスメント・セクシュアルハラスメント、マイノリティへの偏見差別と日々闘っているわけだが、自身の体調の悪いとき、見ず知らずの老人に「邪魔なんだよ」と吐き捨て、相手に謝らせている。私から見ると、理子はあきらかに自分より弱い人間(この小説の言語でいえばGGY)を見極めてそう言い放っている。これは彼女が日々憤慨している弱者いじめとどこが違うのか、私にはわからなかった。のみならず、理子が彼女の正義でさばく大勢の馬鹿っぽい人間が登場するが、どうして作者は、この語り手が唯一の正義であることを疑わないのだろう? 理子には理子の正義があり信念があるように、他者には他者の─たとえそいつが極悪非道に見えたとしても─確固たる正義があり行動原理がある。それをきちんと想像することが、小説を書くときにいちばんだいじだと私は思う。
「幕末ダウンタウン」は、幕末の京都大阪を舞台に、新撰組と寄席という奇妙な取り合わせを描く作品で、まずそのアイディアがユニークだ。読みやすい軽妙な文体だが、文章の隅々から変わりゆく時代のうねりが立ち上がる。変遷する時代のなかで残るものは何か、時代に添って生きるしかない個人の自由とは何か、といった問いを、あくまでも飄々とした姿勢で小説は問う。少々、芯となる部分を小説内で説明しすぎの感もあるが、それでも、難解になりそうな時代・テーマを、お笑いという題材に添ってみごとにシンプルに描き出した、チャーミングな小説である。
「ネカフェナース」の、この作家にしか書けないだろう点は、派遣ナースの働きである。派遣された家庭で、どんな理不尽な、どんな理解不能な目に遭おうと、ナースひまりは黙々と職務をこなす。さぼることもない。彼女の冷淡な正確さにはじつに惹きつけられるし、派遣先の家庭は現代の一面を切り取っている。ただ、それ以外の部分がうまく描けていない。さらに贅沢をいえば、ひまりが派遣される家庭も、もう少しバラエティに富ませてほしかった。人間はこんなにも醜くて理不尽だ、ということだけでなく、何かを失ってもこれほど崇高でいることができる、というような方面の描き方もしてほしかった。と思ってしまうのは、作者はそうした書き方もできると思うからだ。
「幕末ダウンタウン」はほぼ満場一致での受賞となり、「ネカフェナース」は不安がありつつも、強く推す声に納得しての奨励賞となった。今後、二人の作家が今作とどれほど違う作品を書いていくのか、楽しみにしています。

花村萬月

当たり前の言葉で、当たり前でない作品を紡ぐ

 今回は「幕末ダウンタウン」に全員が○をつけ、あっさり受賞作が決定しました。これは塩田武士さん以来のことです。文章がこなれていて読みやすい(往々にして新人賞応募作の文章は美文名文に陥りがちですが、そういった間抜けな状態からすっと抜けでて、普通の言葉で作品を紡ぐクレバーさが光りました)。吉本からなにか言われてしまうのではないかという心配もありましたが、新撰組と漫才という組み合わせも新鮮でした。逆に全員が×をつけてしまったのが「女一貫・営業らいふ」でした。題名を一瞥しただけで『らいふ』というひらがなに萎えてしまって、しかも読みはじめたら、読み手にとっては単なる性格の悪い女性が月経前症候群を盾に周囲に嫌味を並べあげ、そこに父子家庭のヒューマニズムでありがちな味付けを施して体裁を繕ってあるという作品で、なによりも作者が自分に酔ってしまって、だから紡ぎだす文章は客が注視している高座において喋りはじめる前から自分がこれから語るであろう話に吹きだしてしまっている落語家のような状態、正直読み進むのがつらくてYouTubeでガチンコ!ファイトクラブを見るといった逃避に走ってしまい、読み終えるのにまるまる二日を要してしまいました。確信犯的に厭な女を描くのではなく、作者は作中のこの主人公を是としているのでしょう。表現で己を全うするためには、いちど自分を棄て去ることが必要なのですが、さて私の言うことを理解してもらえるかどうか。「父娘行儀」は『真希子の部屋(和室)』といった文章で、まだ小説を書き慣れていないことがありありとわかってしまいましたが、けれど新人賞ではそれはマイナスには働かないのです。言い古されたことですが、誰も読んだことのないものを提示すればいいのですから。そういったことを踏まえれば、既視感を覚えさせる小説だったこと、これが受賞に至らなかった理由のすべてです。自分が心底隠しておきたい事柄を虚構のかたちで構築するということを次作では念頭において執筆してください。「ネカフェナース」は介護場面のリアルさと借金取り等の描写の甘さがあまりに乖離していて、惜しかった! けれど今回、臭気がある文章を提示できていたのはこの作品だけでした。書籍化の折には、自身の得がたい資質を意識して文章をブラッシュアップしてください。「丹生島城の聖将」は、文章は練れていて新人離れしているにもかかわらず、なんとも取っつきにくい作品でした。赤神さんもいちど自分を棄て去ってください。拘りを棄て去ってください。そうすればこの筆力ですから自ずと文章が律動しはじめます。狡いアドバイスをしますが、小説家として世に出てそれなりの評価を得てから、自身の拘りの世界を世に問うほうがよほど物事がうまく動きます。中盤以降ようやく没入することができ、さらに終盤ではじわりと感動の波が私をつつみこみました。奨励賞に推したかったのですが総合得点で一歩及ばず、しょんぼりしてしまいましたが、この人は書き下ろし等でデビューさせられるだけの力があるという評価もあり、賞に拘らずにどんどん作品を紡いで世に出てしまうほうがいいな、と思いなおしました。その理由は、もはや作品自体が新人の書いたものではなく、プロの領域に入りこんでいるからです。

朝井まかて

圧倒的な二人

 私はこの賞の第三回奨励賞を受けて、デビューした身です。この賞に関わるたくさんの人たちに見守られ、育てていただきました。今回から選考委員の末席に加えていただいたことで、つくづくと、改めてその有難さが身に沁みた次第です。だからこそ、今回、力のある書き手を二人も見出す選考結果となり、とても嬉しい。お二人の今後に幸先のよい感触を持っています。こういう勘は、きっと当たると思います。
「幕末ダウンタウン」は、新撰組とお笑いという題材の組み合わせが抜群。この作者はとてもセンスがよいのだろう。筋立てがよく練ってあり、主人公の成長とお笑い、幕末の情勢がうまく嚙み合っているところにも好感を持って読んだ。歴史の表舞台では語られることのない底辺の人間が激動の時代を生き抜き、作者なりの真実に到達している。ただ、私は満点を投じることはできなかった。現代の既存の芸人、テレビ番組のイメージに寄りかかり過ぎていると感じたからだ。読み手によってはそこが面白さの一つなのかもしれないけれど、そのアイデアを取っ払って濱田と松茂登を描いても、充分な熱量と魅力を持った作品だと思う。方言についてはあまりに正しく書こうとすると読むリズムを損なうので厳密にする必要はないが、「話芸」を題材にしているのだから上方弁にはもう少し配慮が必要か。いずれにしても、時代小説のジャンルを超えて多くの読者に読んでもらえる作品だと思う。吉森さん、おめでとうございます。
「ネカフェナース」は、介護や老人を題材にした場合に陥りがちな甘さを排して、生の光と醜さを描き切ったと思う。とくにラスト、ネタバレになるので詳述しないが、主人公の両親に対する行動にはカタルシスを感じたし、読者にぐいと問いかけてくる。つまり、書くべき場面から逃げない、その肚の据わりっぷりに私は惹かれた。この作品をこそ新人賞に推そうと選考会に臨んだ。ただ、物語全体で見れば、介護以外の部分が極端に弱い、リアリティを欠くという指摘があり、それには首肯せざるを得なかった。小原さん、強みを減じることなくしっかり手入れをしてリリースし、次作に挑んでください。おめでとうございます。
「丹生島城の聖将」は戦国武将と信仰という題材が興味深く、こういう題材を選ぶこと自体、これまで書き込んできている相当な手練れであろうと期待して読んだ。が、最後まで物語に身をゆだねることができなかった。いかんせん説明が多く、重複も目に余る。歴史小説の場合、説明は不可避だが、その文章に滋味がないと先を読んでもらえない。そして最大の問題は、主人公の治衛門(リイノ)だ。「悪鬼」と地文で強調しているけれど、言動、心情は凡人で、つまり圧倒的な悪を場面で示していないので、その後の信仰に至る経緯、武人としての偉大さも像を結びにくかった。何につけても、書き手が主人公を賛美し過ぎだ。大友宗麟の人物像は魅力的で、とくに治衛門への妬心はとてもよかった。赤神さんは力のある人だと思う。物語の取り回しに腐心し過ぎず、描くべきことに注力してください。今後に期待しています。
「女一貫・営業らいふ」は自己愛だらけのブログを延々と読まされているようで、胸焼けがした。PMS(月経前症候群)は小説の材料にとどまっており、それを理由に吠えているだけで、かえってPMSへの理解を阻むのではという危惧さえ抱いた。作者によると「今の日本におけるマイノリティたちの生きて行きづらさ」を描いているらしいがいっかな響いてこず、それは営業の現場における折衝、駆け引き、社内での会議のほとんどが地文での説明に終始しているからだろう。母親の事故死について、父親の「足りなかったんだ。みりんが」という台詞はよかった。こういう捉え方ができるのに、女性性や時代性といったテーマに目が眩んだか。まずは筆力を鍛えて。紋切り型の表現、常套句、安易な比喩が多過ぎます。
「父娘行儀」も、リアリティを欠き過ぎる。構想ありきで、小説家や編集者、タクシードライバーの生活・心情はこんなものだろうとの既成概念だけを土台にしては、物語が力を発揮しない。赤ん坊と出会った時の主人公の姿にはほろりとさせられただけに、安いドラマのような既視感のあるラストになってしまったのが残念。〝こんな物語を書いたらウケルのでは?〟という色目を使わず、あなた自身が書かずにはいられない題材で書いて、また応募してください。

石田衣良

時代小説に吹き寄せる新風

 選評にはいるまえに小言をひとつ。みんなペンネームをもっと大切にしよう。今回の五人はひとつとしていい名がなかった。ひとつひとつの漢字、語の組みあわせのセンスがまるで感じられないものばかり。そのあたりを改良するには、文庫本の名作選でいいから俳句や短歌をきちんと読んでください。できればノートに書き写すこと。あとは現代詩なんかも。変わった漢字は一文字でいい。普通だけど、どこかピリッとしている、洒落ているくらいのペンネームがベストです。
「女一貫・営業らいふ」働く女性の不平と愚痴が延々と続くけれど、その悪口が芸になっていなかった。ヒロインの自分自身への深い視線や反省がないのが不満。読者はつい「じゃあ、あんたはどうなんだ」と突っこみたくなる。小説には人の目だけでなく、鳥の目も必要です。
「父娘行儀」プロの作家や編集者に読ませるなら、出版業界について最低限の取材はしておこう。こんな作家志望者も編集者もいるはずがない、そう思われたら負けだ。血のつながらない父と娘の古典的な話だけれど、こうした定型を踏襲する場合、著者の技術とセンスが問われる。その点ですこし力が足りなかった。
「丹生島城の聖将」よその選考会でも著者の作を読んだけれど、そのときに比べると各段に腕をあげている。前半、柴田治衛門が悪事と殺人を重ねる場面にはドキドキするようなピカレスク的面白さがあった。後半キリシタンに回心すると魅力は半減するが、最後の合戦シーンで見事に盛り返した。すでにプロの作家としてデビューするだけの水準には達している。今回は新鮮さを求める賞ということで、惜しくも選から漏れたが実力は十分。赤神さんはさっさとプロになって、実戦で腕を磨いたほうがいいのでは。多くの読者が好むだろう英雄を書くのが上手い。作家としての強力な武器です。
「ネカフェナース」小原周子さん、奨励賞おめでとう。とにかく素材が抜群。一日八万円という派遣ナースがいく先々で、ひと癖もふた癖もある患者と家族に衝突する。しかもクールな姿勢は一切崩さずに。現代の家族の壊れ方のカタログを見るような妙味があった。惜しいのは素材の鮮度に、フィクションの部分が追いつかないところ。保証人や街金の話はよく知らないのなら書くことはなかった。たかだか三百万のために監禁やレイプを実行するお人よしのヤクザはいない。あなたの場合はつぎになにが書けるかが勝負です。ナースもののシリーズ化と悪役の設定を考えてみよう。
「幕末ダウンタウン」吉森大祐さん、受賞おめでとう。読めないペンネームは損なので改名をお勧めします。(編集部注:その後、改名いたしました)人気の新撰組をストレートに書かずに、脱組した男(ハマダ)を芸人にするというセンスに脱帽。幕末維新の寄席の世界を書いた小説は数すくない。人が書かないことを書く覚悟はあっぱれ。実在する桂文枝師匠との絡みもよく、相方になる芸者上がりの女芸人・松茂登(マツモト)も個性的。新撰組の隊員として老僧を襲撃殺害する場面、恩人の遺体の前での漫才など読みどころはたっぷり。時代小説ではめったに見ることのない新風を吹かせてくれた。それだけで受賞に値する。こうした好素材をどう見つけ続けるかが大事。授賞式までにあと五本分のアイディアを考えてください。

伊集院静

キラキラ、まぶしい

 文学に限らず、新しい人たちの世界に触れることは、私にとって新鮮なものを見ているという、それだけで胸が高鳴る気がする。たとえばスポーツの世界でも、ルーキーと呼ばれる新人がどんなプレーをするのだろうか、と思っただけでワクワクしてしまう。ヤンキースで活躍した松井秀喜さんなどはその典型というか、登場しただけでまぶしくて惚れ惚れとしてしまう。その上、特大のホームランを放つと、その打球が描く放物線の美しさにタメ息を零してしまう。やはりそこに見る人を感動させる才能、能力、パワーがあるからだろう。
 或る時期、私は故郷の高校で野球を教えていた経験があったので、新人が入部して来ると、その人のユニホームの着こなし、そうしてグラウンドに入り、少し走り出した瞬間に、その新人の実力、可能性がわかることがある。ただその選手が三年間でめざましい成長をするかと言えば、それは別なのである。むしろユニホームの着方もどこか垢抜けず、走り出してもぎこちなさが目立つ新人の方が三年過ぎると素晴らしい選手になっていることもある。
 妙な話から選評を書きはじめたが、新人賞の応募作は、作者のたたずまいが、その文章から感じ取れることは多い。他の人より多くの新人作家を見て来た経験値もあるが、私自身の新人の頃に似ていると思った作品には応援したくなる。
 今回の受賞作となった吉森大祐さんの「幕末ダウンタウン」には、おや、こんなプレーをする新人は初めてお目にかかるナ、と言う何よりも新鮮さがあった。新鮮で足らぬならキラキラと光るまぶしいものが文章、ストーリーの中に見えた。新撰組の若い隊員と寄席という設定もいい。小説のシチュエーションはアイデアではない。むしろそれとは逆で、どうしてもこの世界でなければ嫌なんだ、と言う、強情なところが必要である。それが小説の個性を作る。選考会の最初から候補作の中できわだっての評価を受けたのもうなずけた。ダウンタウンなるタイトルが現代のタレントと重なることは選考会で言われて初めてわかった。そんな仕掛けが不必要であるほどシャープな作品だった。受賞おめでとう。
 奨励賞になった小原周子さんの「ネカフェナース」は介護の現場の描写、会話が卓越していた。たいした才能である。ただ主人公と恋人とのシーンになると、介護の描写ほどのしっかりした作家の目が欠落していた。それだけなので今後を大いに期待している。赤神諒さんの「丹生島城の聖将」は候補作の中で文章、描写が一番安定していたし十分な実力、才能がある。ただ私には神との関りが希薄に感じられて推せなかった。勝木友香さんの「父娘行儀」は興味深く読んだ。文章や、視点に稚拙な所があったが、この作家の持っている世界は将来何か佳いものを手にできる気がした。頑張って書いて欲しい。葩予十愛さんの「女一貫・営業らいふ」は少し急いで書き過ぎである。スピード感は小説の大切な要素だが、OLの経験があるなら、主人公を含めて周囲の登場人物の表情が伝わって欲しい。何度か挑めばコツはわかって来るはずだ。頑張って続けることだ。

角田光代

時代と個人

「丹生島城の聖将」の、ところどころに私はひどく感動した。柴田治衛門という大友宗麟の近習を中心に、複雑で入り組んだストーリーを作者は大胆に展開させている。実際の戦闘の描写は私には読みづらく、その図もうまく浮かばないのだが、治衛門の内面の葛藤は抜群の筆力で、迫力を持って描かれていると思った。その落差は欠点ではなく、戦争などより個人の人生の獲得のほうがよほど意義ある闘いだという主張にも読めた。また、カマキリ武宮武蔵や、大友宗麟といった人物の造形は魅力的で新鮮である。惜しいのは、改宗前の治衛門がさほど冷酷無比には思えず、改宗後との変化がわからなかったこと、治衛門の強さが言葉でしか説明されていないこと、この時代のキリスト教はどのようなものであったのか、いっさいの説明がないので理解できない点が多々出てきてしまうこと。そう考えると、作者の書きたいことは、この枚数をもってしてもまだまだ足りないのかもしれない。
「父娘行儀」はストーリーを先行させてしまったがために、ほかのことがすべてあとまわしになっている。ほかのこととは、人物描写、感情描写、説得力、リアリティなどだ。驚くぐらい誤字が多いのも、ストーリーに気を取られすぎたせいだと思う。ストーリーを追うあまり、小説の視点を無自覚に換えているのは問題だ。たとえば終盤、父親の亮介の視点で書いているのに、その亮介の泣く姿を描きたいがために、ラスト三行だけ第三者の視点を借りる。そこには作者の意図はなく、カメラの切り替えのような都合よさがある。ストーリーよりまず「人」を書いてほしい。
「女一貫・営業らいふ」の主人公である営業ウーマン理子は、元気がよくて裏がなくて、友だちになったらさぞやたのしいだろうと思う。でもそれは、友だちになれなかったらものすごくしんどそうだ、ということでもある。語り手の理子は、社内でのパワーハラスメント・セクシュアルハラスメント、マイノリティへの偏見差別と日々闘っているわけだが、自身の体調の悪いとき、見ず知らずの老人に「邪魔なんだよ」と吐き捨て、相手に謝らせている。私から見ると、理子はあきらかに自分より弱い人間(この小説の言語でいえばGGY)を見極めてそう言い放っている。これは彼女が日々憤慨している弱者いじめとどこが違うのか、私にはわからなかった。のみならず、理子が彼女の正義でさばく大勢の馬鹿っぽい人間が登場するが、どうして作者は、この語り手が唯一の正義であることを疑わないのだろう? 理子には理子の正義があり信念があるように、他者には他者の─たとえそいつが極悪非道に見えたとしても─確固たる正義があり行動原理がある。それをきちんと想像することが、小説を書くときにいちばんだいじだと私は思う。
「幕末ダウンタウン」は、幕末の京都大阪を舞台に、新撰組と寄席という奇妙な取り合わせを描く作品で、まずそのアイディアがユニークだ。読みやすい軽妙な文体だが、文章の隅々から変わりゆく時代のうねりが立ち上がる。変遷する時代のなかで残るものは何か、時代に添って生きるしかない個人の自由とは何か、といった問いを、あくまでも飄々とした姿勢で小説は問う。少々、芯となる部分を小説内で説明しすぎの感もあるが、それでも、難解になりそうな時代・テーマを、お笑いという題材に添ってみごとにシンプルに描き出した、チャーミングな小説である。
「ネカフェナース」の、この作家にしか書けないだろう点は、派遣ナースの働きである。派遣された家庭で、どんな理不尽な、どんな理解不能な目に遭おうと、ナースひまりは黙々と職務をこなす。さぼることもない。彼女の冷淡な正確さにはじつに惹きつけられるし、派遣先の家庭は現代の一面を切り取っている。ただ、それ以外の部分がうまく描けていない。さらに贅沢をいえば、ひまりが派遣される家庭も、もう少しバラエティに富ませてほしかった。人間はこんなにも醜くて理不尽だ、ということだけでなく、何かを失ってもこれほど崇高でいることができる、というような方面の描き方もしてほしかった。と思ってしまうのは、作者はそうした書き方もできると思うからだ。
「幕末ダウンタウン」はほぼ満場一致での受賞となり、「ネカフェナース」は不安がありつつも、強く推す声に納得しての奨励賞となった。今後、二人の作家が今作とどれほど違う作品を書いていくのか、楽しみにしています。

花村萬月

当たり前の言葉で、当たり前でない作品を紡ぐ

 今回は「幕末ダウンタウン」に全員が○をつけ、あっさり受賞作が決定しました。これは塩田武士さん以来のことです。文章がこなれていて読みやすい(往々にして新人賞応募作の文章は美文名文に陥りがちですが、そういった間抜けな状態からすっと抜けでて、普通の言葉で作品を紡ぐクレバーさが光りました)。吉本からなにか言われてしまうのではないかという心配もありましたが、新撰組と漫才という組み合わせも新鮮でした。逆に全員が×をつけてしまったのが「女一貫・営業らいふ」でした。題名を一瞥しただけで『らいふ』というひらがなに萎えてしまって、しかも読みはじめたら、読み手にとっては単なる性格の悪い女性が月経前症候群を盾に周囲に嫌味を並べあげ、そこに父子家庭のヒューマニズムでありがちな味付けを施して体裁を繕ってあるという作品で、なによりも作者が自分に酔ってしまって、だから紡ぎだす文章は客が注視している高座において喋りはじめる前から自分がこれから語るであろう話に吹きだしてしまっている落語家のような状態、正直読み進むのがつらくてYouTubeでガチンコ!ファイトクラブを見るといった逃避に走ってしまい、読み終えるのにまるまる二日を要してしまいました。確信犯的に厭な女を描くのではなく、作者は作中のこの主人公を是としているのでしょう。表現で己を全うするためには、いちど自分を棄て去ることが必要なのですが、さて私の言うことを理解してもらえるかどうか。「父娘行儀」は『真希子の部屋(和室)』といった文章で、まだ小説を書き慣れていないことがありありとわかってしまいましたが、けれど新人賞ではそれはマイナスには働かないのです。言い古されたことですが、誰も読んだことのないものを提示すればいいのですから。そういったことを踏まえれば、既視感を覚えさせる小説だったこと、これが受賞に至らなかった理由のすべてです。自分が心底隠しておきたい事柄を虚構のかたちで構築するということを次作では念頭において執筆してください。「ネカフェナース」は介護場面のリアルさと借金取り等の描写の甘さがあまりに乖離していて、惜しかった! けれど今回、臭気がある文章を提示できていたのはこの作品だけでした。書籍化の折には、自身の得がたい資質を意識して文章をブラッシュアップしてください。「丹生島城の聖将」は、文章は練れていて新人離れしているにもかかわらず、なんとも取っつきにくい作品でした。赤神さんもいちど自分を棄て去ってください。拘りを棄て去ってください。そうすればこの筆力ですから自ずと文章が律動しはじめます。狡いアドバイスをしますが、小説家として世に出てそれなりの評価を得てから、自身の拘りの世界を世に問うほうがよほど物事がうまく動きます。中盤以降ようやく没入することができ、さらに終盤ではじわりと感動の波が私をつつみこみました。奨励賞に推したかったのですが総合得点で一歩及ばず、しょんぼりしてしまいましたが、この人は書き下ろし等でデビューさせられるだけの力があるという評価もあり、賞に拘らずにどんどん作品を紡いで世に出てしまうほうがいいな、と思いなおしました。その理由は、もはや作品自体が新人の書いたものではなく、プロの領域に入りこんでいるからです。

最終候補作品

  • 丹生島城にうじまじょう聖将ヘラクレス / あかがみりょう
  • 父娘おやこ行儀 / かつゆう
  • 女一貫・営業らいふ / はな
  • 幕末ダウンタウン / よしもりだいすけ
  • ネカフェナース / はら 周子しゅうこ

選考委員

朝井まかて

石田衣良

伊集院静

角田光代

花村萬月

これまでの結果