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小説現代長編新人賞

第14回
小説現代長編新人賞
結果発表

第14回
小説現代長編新人賞
結果発表

第14回小説現代長編新人賞は、郵送とWEBであわせて1209編の応募がありました。281編が第一次選考を通過、次いで132編が二次選考を通過し、さらに16編が三次選考を通過し、最終候補は下記の5作品が選ばれました。
朝井まかて、伊集院静、中島京子、宮内悠介、薬丸岳の五名の選考委員が審査した結果、受賞作品を決定いたしました。

第14回小説現代長編新人賞

第14回小説現代長編新人賞

鯨井あめ(くじらい・あめ)
一九九八年生まれ。兵庫県豊岡市出身。兵庫県在住。大学生。執筆歴十一年。二〇一五年より小説サイトに短編・長編の投稿を開始。二〇一七年に『文学フリマ短編小説賞』優秀賞を受賞。長年の夢であったプロ作家になるため、新人賞の公募に初めて応募。受賞となる。

鯨井あめ

晴れ、時々くらげを呼ぶ

受賞の言葉

 二〇一九年の春、己の無力さと未熟さを痛感する出来事がありました。それは私の人生観を揺るがせ、私に数多の疑問を抱かせました。
 いままで幾度となく口にしてきた「作家になる」という夢に、果たして自分は正面から向き合えていたのか。「もっと上達してから賞に応募しよう」「書き続けていればいつか誰かが見つけてくれる」、そんな甘えや驕りを一切取っ払って、感情を剥き出したことがあるのか。
 改めて考えると、自分はあまりにも夢に対して逃げ腰でした。それは書いた小説を否定されたくない、という自尊心のせいでもありました。
 けれど。
 残りの時間であと何冊の本を書けるだろう。頭の中にある物語をすべて形にできるだろうか。私の作家人生が始まるのはいつだ? ―きっと、この夢は向こうからやって来ない。待っていても仕方がないものだ。
 そう気づいたとき、新人賞の応募先を探し、一編の物語を書き上げていました。
 小説は至高です。文字だけで人を惹き込み、驚かせ、泣かせ、心をあたため、時に頬を殴り、抉り、傷つけ、抱きしめる。私は小説の力を信じています。
 だからこそ、私の書いた小説が誰かを動かせたら。救いになれたら。楽しみになれたら。最高の時間になれたら。それはきっと、何よりも素晴らしいことです。此度の小説が僅かでも私の理想に近づけていたのなら、そんな自分を誇らしく思います。
 さて、「作家」という職業は私にとって遠いヒーローのようなもので、「小説を創る」という行為は私にとって神聖なものでした。読書=息を吸うこと、執筆=息を吐くこと、として生きている私はつまり、神域に片足を突っ込んで精一杯の呼吸をしていたわけです。
 今回この賞をいただいたことで、本格的に神域へ踏み込むこととなります。まずは酸欠にならないように、ゆっくりと深呼吸しながら、肺を鍛え、ヒーローのいる高度に馴染みながら、次の小説を書いていきます。
 最後に。
 夢を抱いたあの日から、ずっと掲げてきた、カンテラの灯。己の未熟さに呑まれ、溺れ、それが消えかけたとき、ありったけの酸素を送ってくれた友人がいました。その友人無くして私はここにいません。ありがとう。
 それから。私の受賞を信じて疑わなかった友人、受賞を一緒に喜んでくれた友人、結果を知って驚きのあまり固まった家族、私の小説を一度でも読んでくださった方々、この機会をくださった編集部の方々と選考委員の作家様に、この場を借りて厚くお礼申し上げます。

鯨井あめ

 二〇一九年の春、己の無力さと未熟さを痛感する出来事がありました。それは私の人生観を揺るがせ、私に数多の疑問を抱かせました。
 いままで幾度となく口にしてきた「作家になる」という夢に、果たして自分は正面から向き合えていたのか。「もっと上達してから賞に応募しよう」「書き続けていればいつか誰かが見つけてくれる」、そんな甘えや驕りを一切取っ払って、感情を剥き出したことがあるのか。
 改めて考えると、自分はあまりにも夢に対して逃げ腰でした。それは書いた小説を否定されたくない、という自尊心のせいでもありました。
 けれど。
 残りの時間であと何冊の本を書けるだろう。頭の中にある物語をすべて形にできるだろうか。私の作家人生が始まるのはいつだ? ―きっと、この夢は向こうからやって来ない。待っていても仕方がないものだ。
 そう気づいたとき、新人賞の応募先を探し、一編の物語を書き上げていました。
 小説は至高です。文字だけで人を惹き込み、驚かせ、泣かせ、心をあたため、時に頬を殴り、抉り、傷つけ、抱きしめる。私は小説の力を信じています。
 だからこそ、私の書いた小説が誰かを動かせたら。救いになれたら。楽しみになれたら。最高の時間になれたら。それはきっと、何よりも素晴らしいことです。此度の小説が僅かでも私の理想に近づけていたのなら、そんな自分を誇らしく思います。
 さて、「作家」という職業は私にとって遠いヒーローのようなもので、「小説を創る」という行為は私にとって神聖なものでした。読書=息を吸うこと、執筆=息を吐くこと、として生きている私はつまり、神域に片足を突っ込んで精一杯の呼吸をしていたわけです。
 今回この賞をいただいたことで、本格的に神域へ踏み込むこととなります。まずは酸欠にならないように、ゆっくりと深呼吸しながら、肺を鍛え、ヒーローのいる高度に馴染みながら、次の小説を書いていきます。
 最後に。
 夢を抱いたあの日から、ずっと掲げてきた、カンテラの灯。己の未熟さに呑まれ、溺れ、それが消えかけたとき、ありったけの酸素を送ってくれた友人がいました。その友人無くして私はここにいません。ありがとう。
 それから。私の受賞を信じて疑わなかった友人、受賞を一緒に喜んでくれた友人、結果を知って驚きのあまり固まった家族、私の小説を一度でも読んでくださった方々、この機会をくださった編集部の方々と選考委員の作家様に、この場を借りて厚くお礼申し上げます。

鯨井あめ

梗概

「晴れ、時々くらげを呼ぶ」

 高校二年生の越前亨は、感情の起伏が少なく、何に対しても誰に対しても思い入れを持つことがあまりない。父親を病気で亡くしてからはワーカホリックな母と二人で暮らしており、父親が残した本を一冊ずつ読み進めている。本を読むことは嫌いだが、父親の残した本棚を追走することが、彼が自分に課した使命だったのだ。亨は、売れなかった作家で、最後まで家族に迷惑をかけながら死んだ父親のある言葉に、ずっととらわれている。
 図書委員になった彼は、後輩の小崎優子と出会う。彼女は毎日、屋上でクラゲ乞いをしている。雨乞いのように両手を広げて空を仰いで、「クラゲよ、降ってこい!」と叫んでいるのだ。いわゆる、不思議ちゃんである。
 クラゲを呼ぶために奮闘する彼女を冷めた目で見、距離を取りながら亨は日常を適当にこなす。あの手この手でクラゲ乞いを続ける小崎、自称親友を名乗るお調子者の遠藤、論理が飛躍する矢延先輩、勉強にとりつかれた関岡、小崎に一目惚れした下田。母親も父親でさえも、亨にとっては関心の対象外だった。
 しかし八月のある日、亨は小崎が泣いているところを見かける。そしてその日の真夜中、クラゲが降った。逸る気持ちを抑えられず、亨は小崎のもとへ向かうが、小崎は「何の意味もなかった」と答える。納得できない亨だが、いつの間にか彼は、自分が小崎に対して興味を抱いていることに気づく。

「晴れ、時々くらげを呼ぶ」

 高校二年生の越前亨は、感情の起伏が少なく、何に対しても誰に対しても思い入れを持つことがあまりない。父親を病気で亡くしてからはワーカホリックな母と二人で暮らしており、父親が残した本を一冊ずつ読み進めている。本を読むことは嫌いだが、父親の残した本棚を追走することが、彼が自分に課した使命だったのだ。亨は、売れなかった作家で、最後まで家族に迷惑をかけながら死んだ父親のある言葉に、ずっととらわれている。
 図書委員になった彼は、後輩の小崎優子と出会う。彼女は毎日、屋上でクラゲ乞いをしている。雨乞いのように両手を広げて空を仰いで、「クラゲよ、降ってこい!」と叫んでいるのだ。いわゆる、不思議ちゃんである。
 クラゲを呼ぶために奮闘する彼女を冷めた目で見、距離を取りながら亨は日常を適当にこなす。あの手この手でクラゲ乞いを続ける小崎、自称親友を名乗るお調子者の遠藤、論理が飛躍する矢延先輩、勉強にとりつかれた関岡、小崎に一目惚れした下田。母親も父親でさえも、亨にとっては関心の対象外だった。
 しかし八月のある日、亨は小崎が泣いているところを見かける。そしてその日の真夜中、クラゲが降った。逸る気持ちを抑えられず、亨は小崎のもとへ向かうが、小崎は「何の意味もなかった」と答える。納得できない亨だが、いつの間にか彼は、自分が小崎に対して興味を抱いていることに気づく

第14回小説現代長編新人賞

第14回小説現代長編新人賞

パリュスあや子(ぱりゅす・あやこ)
神奈川県横浜市生まれ、フランス在住。広告代理店勤務を経て、東京藝術大学大学院映像研究科・映画専攻脚本領域に進学。「山口文子」名義で映画『ずぶぬれて犬ころ』(本田孝義監督/2019年公開)脚本担当、歌集『その言葉は減価償却されました』(2015年)上梓。

パリュスあや子

隣人X
(受賞時タイトル「惑星難民X」)

受賞の言葉

 ふとおりてきたなにかに急き立てられるように、初めて小説を書きました。未熟な作品を見出し、評価してくださった方々がいたことに、慄くような驚きと喜びでいっぱいです。編集部、選考委員の皆さまに心より感謝申し上げます。
 私は今まで短歌を詠み、脚本や記事なども書いてきました。なぜ新たに小説という形に向かったのか、きっかけはいくつかありますが「フランスに移住したから」が、その根源になると思います。
 二〇一八年、フランス人と結婚し、渡仏。まず最初にすべきことは移民局に行くことでした。自分が移民として異国で暮らすことになるとは不思議な感覚です。パリは人種のるつぼであり、メトロで乗り合わせた人が一体どの国をルーツにしている何人なのかもわからないという現実に、途方にくれるような気もしました。アラビア語の飛び交う市場で野菜を求め、中華街で豆腐を買い、ロシア人と履歴書の書き方を学び、難民の家族に郷土料理を振舞ってもらう……そんな暮らしのなかで、ぼんやりと移民や難民について考えていました。
 二〇一九年六月、一時帰国の際、友達と渋谷の居酒屋に入ると、走り回って働いているのはアジア系の女性でした。私自身、フランス語の壁の前に接客業を挫折した経験があるため、彼女はこの片言の日本語でやっていけるのかとハラハラしましたが、お話してみると、明るい笑顔で留学生だと言っていました。私に見えていなかっただけで、日本にも日本人以外の人々はたくさんいるのだと目を見開かされる思いでした。
 七月、パリは記録的猛暑でした。夫は友達とヴァカンスに出かけ、私は一人部屋に閉じこもり、夜となく昼となく書き始めました。この勢いでいけば今月中に書き終わるのではないか、と閃くと眼が冴え、起き出しては進めました。しかしそのペースが続くわけもなく、家での仕事もあり、何度も諦めようと思いましたが、彼に相談すると手放しで応援してくれました。月末三日間を小説に当て、応募フォームを打つ手が震えたことを覚えています。
 小説は今までの活動とは一線を画すものになると考え、筆名には結婚後の姓を用いました。受賞は、なにかに導いてもらった、という感覚です。大きな転機として受け止めています。本当にありがとうございました。先を思えば不安ばかりですが「書き続けること」それが私に唯一できることであり、やるべきことだと思っています。

パリュスあや子

 ふとおりてきたなにかに急き立てられるように、初めて小説を書きました。未熟な作品を見出し、評価してくださった方々がいたことに、慄くような驚きと喜びでいっぱいです。編集部、選考委員の皆さまに心より感謝申し上げます。
 私は今まで短歌を詠み、脚本や記事なども書いてきました。なぜ新たに小説という形に向かったのか、きっかけはいくつかありますが「フランスに移住したから」が、その根源になると思います。
 二〇一八年、フランス人と結婚し、渡仏。まず最初にすべきことは移民局に行くことでした。自分が移民として異国で暮らすことになるとは不思議な感覚です。パリは人種のるつぼであり、メトロで乗り合わせた人が一体どの国をルーツにしている何人なのかもわからないという現実に、途方にくれるような気もしました。アラビア語の飛び交う市場で野菜を求め、中華街で豆腐を買い、ロシア人と履歴書の書き方を学び、難民の家族に郷土料理を振舞ってもらう……そんな暮らしのなかで、ぼんやりと移民や難民について考えていました。
 二〇一九年六月、一時帰国の際、友達と渋谷の居酒屋に入ると、走り回って働いているのはアジア系の女性でした。私自身、フランス語の壁の前に接客業を挫折した経験があるため、彼女はこの片言の日本語でやっていけるのかとハラハラしましたが、お話してみると、明るい笑顔で留学生だと言っていました。私に見えていなかっただけで、日本にも日本人以外の人々はたくさんいるのだと目を見開かされる思いでした。
 七月、パリは記録的猛暑でした。夫は友達とヴァカンスに出かけ、私は一人部屋に閉じこもり、夜となく昼となく書き始めました。この勢いでいけば今月中に書き終わるのではないか、と閃くと眼が冴え、起き出しては進めました。しかしそのペースが続くわけもなく、家での仕事もあり、何度も諦めようと思いましたが、彼に相談すると手放しで応援してくれました。月末三日間を小説に当て、応募フォームを打つ手が震えたことを覚えています。
 小説は今までの活動とは一線を画すものになると考え、筆名には結婚後の姓を用いました。受賞は、なにかに導いてもらった、という感覚です。大きな転機として受け止めています。本当にありがとうございました。先を思えば不安ばかりですが「書き続けること」それが私に唯一できることであり、やるべきことだと思っています。

パリュスあや子

梗概

「隣人X」

 202X年、惑星難民Ⅹの受け入れが世界的に認められつつあるなか、日本においても「惑星難民受け入れ法案」が可決された。惑星Ⅹの内紛により宇宙を漂っていた「惑星生物Ⅹ」は、対象物の見た目から考え方、言語まで、スキャンするように取り込むことが可能な無色透明の単細胞生物。アメリカでは、スキャン後に人型となった惑星生物Ⅹのことを「惑星難民Ⅹ」という名称に統一し、受け入れることを宣言する。日本政府も同様に、日本人型となった「惑星難民Ⅹ」を受け入れ、マイナンバーを授与し、日本国籍を持つ日本人として社会に溶け込ませることを発表した。郊外に住む、新卒派遣として大手企業に勤務する土留紗央、就職氷河期世代でコンビニと宝くじ売り場のかけもちバイトで暮らす柏木良子、来日二年目で大学進学を目指すベトナム人留学生グエン・チー・リエン。境遇の異なる三人は、難民受け入れが発表される社会で、ゆるやかに交差していく。
 ある日、ハリウッド映画でなじみのある超人気俳優が「惑星難民Ⅹ」であると告白し全世界が揺れる。日本では「惑星難民Ⅹ」探しの報道が過熱し、平凡に暮らしていた良子の父、紀彦が「惑星難民Ⅹ」だと疑われ、週刊誌で書き立てられる。紀彦は生中継で噂を否定し、狂乱を静める。そして秘密裏に週刊誌記者である笹の家に赴き「惑星難民Ⅹ」の真実を伝える。その真実とは……。

「隣人X」

 202X年、惑星難民Ⅹの受け入れが世界的に認められつつあるなか、日本においても「惑星難民受け入れ法案」が可決された。惑星Ⅹの内紛により宇宙を漂っていた「惑星生物Ⅹ」は、対象物の見た目から考え方、言語まで、スキャンするように取り込むことが可能な無色透明の単細胞生物。アメリカでは、スキャン後に人型となった惑星生物Ⅹのことを「惑星難民Ⅹ」という名称に統一し、受け入れることを宣言する。日本政府も同様に、日本人型となった「惑星難民Ⅹ」を受け入れ、マイナンバーを授与し、日本国籍を持つ日本人として社会に溶け込ませることを発表した。郊外に住む、新卒派遣として大手企業に勤務する土留紗央、就職氷河期世代でコンビニと宝くじ売り場のかけもちバイトで暮らす柏木良子、来日二年目で大学進学を目指すベトナム人留学生グエン・チー・リエン。境遇の異なる三人は、難民受け入れが発表される社会で、ゆるやかに交差していく。
 ある日、ハリウッド映画でなじみのある超人気俳優が「惑星難民Ⅹ」であると告白し全世界が揺れる。日本では「惑星難民Ⅹ」探しの報道が過熱し、平凡に暮らしていた良子の父、紀彦が「惑星難民Ⅹ」だと疑われ、週刊誌で書き立てられる。紀彦は生中継で噂を否定し、狂乱を静める。そして秘密裏に週刊誌記者である笹の家に赴き「惑星難民Ⅹ」の真実を伝える。その真実とは……。

奨励賞

奨励賞

中 真大(なか・まさひろ)
1991年3月26日三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。YMCA学院高等学校卒業後、色々な職を転々。現在は自由業。

中 真大

無駄花

【奨励賞について】
 選考会では受賞にいたらなかった本作ですが、テーマやその表現などを惜しむ声が多く上がりました。そこで選考委員諸氏の了承を経て、奨励賞とすることにいたしました。

受賞の言葉

 自分で小説を書くなら、反逆的な主題で、狂った主人公の脳みその言語中枢をさらけ出したようなものを書きたいな、と思っていました。ひとりの狂人を通して、風刺的な作品にしたいとも思いました。主人公の人間としての資質、とくに出来損ないの部分、虚栄や欺瞞といったものを書きたいと思いました。二〇一九年の七月、一ヵ月を小説に充ててみようと書きはじめました。何かを書きたいと思ったのなら、書いてみるべきだと思いました。
 小説を書いた経験がないので、長編の分量というのが全然わかっていませんでした。しかも一ヵ月で書き上げようなどという目論見が、正気の沙汰ではないことにすら気がつきませんでした。なぜ書けると思ったのか、振り返ってみても、正直よくわからないです。無知からくる自信かもしれません。
 半ばまで書いたとき、これでもし受賞したらと想像しました。何とも輝かしい栄光の未来が見えるようでしたが、すぐに幻影を打ち消しました。書くことは楽しく、応募締切に間に合わせるためにも、ぶっ通しで書きました。あとになって、よくこんな代物を送りつけられたものだと自分に呆れました。自分の書いたものを読むことになる人が、気の毒にさえ思いました。それが最終選考に残ったと知ったとき、まったく予期していなかったこともあって、他人事のような印象でした。まるで実感がありませんでした。
 奨励賞受賞の連絡を頂いたときも、しばらくは、やはり実感がありませんでした。書店で過去の受賞作を手にとったり、関連記事を読んだりしているうちに、受賞したという実感がようやく出てきました。自室の本棚にあった、ある全集の背表紙の〝講談社〟という文字が目に入ったとき、改めて受賞の栄誉に気がつきました。
 受賞となれば幸福の極致だとばかり考えていましたが、今は、この結果は実力でも何でもなく、ただの奇跡だったのかもしれない、その真偽のほどが、これからの自分の人生で試されるような心持で、受賞の喜びと同じぐらいの大きさの、緊張感に包まれています。ただそれは決して不快なものではなく、見知らぬ土地へ初めて行くときのような、そんな感覚です。
 結びに、編集部そして選考委員の先輩方の皆様に、すべての感謝を捧げたいと思います。賞を授けて頂けるなど、恐縮の限りで、この名誉に報いられるよう精進して参ります。どうぞよろしくお願いします。本当にありがとうございました。

中 真大

 自分で小説を書くなら、反逆的な主題で、狂った主人公の脳みその言語中枢をさらけ出したようなものを書きたいな、と思っていました。ひとりの狂人を通して、風刺的な作品にしたいとも思いました。主人公の人間としての資質、とくに出来損ないの部分、虚栄や欺瞞といったものを書きたいと思いました。二〇一九年の七月、一ヵ月を小説に充ててみようと書きはじめました。何かを書きたいと思ったのなら、書いてみるべきだと思いました。
 小説を書いた経験がないので、長編の分量というのが全然わかっていませんでした。しかも一ヵ月で書き上げようなどという目論見が、正気の沙汰ではないことにすら気がつきませんでした。なぜ書けると思ったのか、振り返ってみても、正直よくわからないです。無知からくる自信かもしれません。
 半ばまで書いたとき、これでもし受賞したらと想像しました。何とも輝かしい栄光の未来が見えるようでしたが、すぐに幻影を打ち消しました。書くことは楽しく、応募締切に間に合わせるためにも、ぶっ通しで書きました。あとになって、よくこんな代物を送りつけられたものだと自分に呆れました。自分の書いたものを読むことになる人が、気の毒にさえ思いました。それが最終選考に残ったと知ったとき、まったく予期していなかったこともあって、他人事のような印象でした。まるで実感がありませんでした。
 奨励賞受賞の連絡を頂いたときも、しばらくは、やはり実感がありませんでした。書店で過去の受賞作を手にとったり、関連記事を読んだりしているうちに、受賞したという実感がようやく出てきました。自室の本棚にあった、ある全集の背表紙の〝講談社〟という文字が目に入ったとき、改めて受賞の栄誉に気がつきました。
 受賞となれば幸福の極致だとばかり考えていましたが、今は、この結果は実力でも何でもなく、ただの奇跡だったのかもしれない、その真偽のほどが、これからの自分の人生で試されるような心持で、受賞の喜びと同じぐらいの大きさの、緊張感に包まれています。ただそれは決して不快なものではなく、見知らぬ土地へ初めて行くときのような、そんな感覚です。
 結びに、編集部そして選考委員の先輩方の皆様に、すべての感謝を捧げたいと思います。賞を授けて頂けるなど、恐縮の限りで、この名誉に報いられるよう精進して参ります。どうぞよろしくお願いします。本当にありがとうございました。

中 真大

梗概

「無駄花」

 ある日、死刑囚・中村は、出版社の社員から、これまでの半生について手記を書くよう手紙で促される。そこで中村は自身の半生と、因縁の男・島田との関係を綴り始めることになった。  困窮した家庭に育った中村と、地元でも有数の実業家一族の島田の二人は、一度は中学で同じ不良グループに属していたが、島田の度重なる裏切りに業を煮やした中村が殴り合いの喧嘩の末、島田と縁を切ることに。その後、上京して会社員となり、結婚して幸福な生活を送っていた中村は、父の重篤の報を受け、看病のため久しぶりに帰郷する。そこに一族の経営会社を引き継いだ島田が現れ、二人は十数年越しに再会を果たす。直後に襲った株価暴落もあり、過去の蟠(わだかま)りを払拭して彼の会社に入社することを決意した中村だったが、そこにはなんと犯罪や不貞が横行する世界が待ち受けていたのだった。島田に妻を寝取られ、またしても裏切りにあった中村は、遂に怒りを爆発させ凶行へとひた走る。

「無駄花」

 ある日、死刑囚・中村は、出版社の社員から、これまでの半生について手記を書くよう手紙で促される。そこで中村は自身の半生と、因縁の男・島田との関係を綴り始めることになった。  困窮した家庭に育った中村と、地元でも有数の実業家一族の島田の二人は、一度は中学で同じ不良グループに属していたが、島田の度重なる裏切りに業を煮やした中村が殴り合いの喧嘩の末、島田と縁を切ることに。その後、上京して会社員となり、結婚して幸福な生活を送っていた中村は、父の重篤の報を受け、看病のため久しぶりに帰郷する。そこに一族の経営会社を引き継いだ島田が現れ、二人は十数年越しに再会を果たす。直後に襲った株価暴落もあり、過去の蟠(わだかま)りを払拭して彼の会社に入社することを決意した中村だったが、そこにはなんと犯罪や不貞が横行する世界が待ち受けていたのだった。島田に妻を寝取られ、またしても裏切りにあった中村は、遂に怒りを爆発させ凶行へとひた走る。

選評

朝井まかて

脈動と洞察と、得体の知れなさ

「晴れ、時々くらげを呼ぶ」には引き込まれて、夢中になった。文章、表現が緻密なのだ。ストーリーの起伏と共に、小説の背骨を支える血肉の脈動を生き生きと感じた。物語の中盤まで読者を充分に惹きつけておいてうまく裏切りもして、さらに遠いところまで連れていく筆力は相当なものだと思う。主人公と後輩女子高生との恋愛物語にしなかったことも、この作品を成功させた理由の一つだろう。あえて恋愛譚にしなかったことで今の若者像がより浮き彫りになったし、透明感も得ている。とはいえ、重大な難点もあった。後輩女子高生はあまりにアニメっぽく、類型的だ。そしてもっと残念だったのは、主人公の父親が書いたという謎の小説。この存在が物語を牽引し、読者の期待値も自ずと高くなる。いわば作品の肝心であるのに、これが何とも肩透かしであった。それでも、である。若い読者だけでなく大人にも読んでもらいたい作品だ。そして何より、私は晴れた冬空を見ては「降れっ」と呟いている。鯨井さん、おめでとうございます。降りましたね!
「惑星難民X」は、惑星難民の生態には既視感があり、既存の小説や映画に頼っている部分があるとは思う。しかし現代の社会が抱える問題と巧くリンクさせ、登場人物の置かれた環境や心情を通じて難民や移住外国人の受け入れ、違法労働について投げかけてくるところに作者の並みならぬ手腕を感じた。女性ゆえに蒙っている暴力や恫喝、生きにくさも淡々と恨み節でなく描いてあり、そのセンスも好もしかった。パリュスさん、おめでとうございます。執筆の基礎体力はもちろん、人間や社会への洞察力がある人だと思います。
「浮遊するランダム・ナンバー」、これも冒頭から既存の小説や映画の影響を感じたが、ただ一点のオリジナリティがあればと読み進めた。だが、作者のアイデアに構成や表現がついていかなかった。会話や心情描写、人間関係にまつわる描写も粗く、ゆえにどの登場人物も魅力が薄い。ただ、あらゆる齟齬を重ねても、ラストに向かう熱は感じた。その熱のままに、また挑んでください。
「山吹色の恋人」は、葛藤のない恋愛がこうもつまらぬものかと思い知らされた作品だ。互いに躰をすっきりさせたかっただけなのだという主人公の自覚、そこを一つの真理とするならば、その道程に波乱がなければ読者はカタルシスを感じようがない。筆力はあるのだから、真正面から毒のある作品に取り組んでもよい人だと思う。
「無駄花」は不思議な作品だった。冒頭、死刑囚の手記という設定に期待して読んだ。だが子供時分から振り返る手記部分は一本調子で、針小棒大のエピソードが多過ぎる。主人公の内面描写と講釈を取り違えているのではと首を傾げる箇所も多かった。ただ、ラストで目が覚めたようにまた小説が息を吹き返す。作者はわざと、主人公の人となりを語るために、あの回りくどい、理屈の乱暴な手記にしたのかと思い直したほどだ。この死刑囚はごく平凡な、あなたのすぐそばにいる人間ですよ、と。中さん、奨励賞おめでとうございます。どこか得体の知れなさで勝ち取ったデビューです(褒めてます)。大いに暴れてください。

伊集院 静

選評

 今回は、初めて二作品を推した。絞り切れなかったというより、どちらの作品にも好感を抱いたからである。ひとつは中真大氏の「無駄花」である。死刑囚の独白のカタチを取っているのが冒頭でわかったので、少し困まったナ、と読み進めたが、すぐに物語の中に引き込まれた。関西弁(私には兵庫辺りの言葉に思えたが)で押し進めるテンポが軽やかで、少年期を関西圏で過ごした私には妙に納得が行くリズムと〝間〟があって、この作者の声が聞こえて来る気がした。少年期の多感な情熱と、不安、悩みもよくうかがえた。これは文章における才能である。新人の作品としては十分に、ひとつのレベルを持ち合わせている。後半の殺人にいたる物語の構成は作者がどこかで、物語の顛末が必要と考えられたのかもしれない。小説に、そんなものは不必要で、この饒舌体のような文節をひとつひとつ面白がって書き進んで行かれれば、さらに多くの人を愉ませる作品が生まれるのではと思う。今後をおおいに期待したい。
 もうひとつの作品は平野未奈さんの「山吹色の恋人」である。好感を持てる作品だった。この作品は、書けるようで書けない小説だ。作者も、この主人公、恋人の高校生を違う設定で、もう一度書いて欲しい、と言われても、おそらく二度と書けないだろう。小説には、その時期、その時節(言い方を変えれば、その年齢、その感情を抱ける時)でしか書けない作品があるものだ。現存する作家、または読み継がれる多くの作品を残している先輩作家たちの作品の中でも、それを読むと、早い時期しか書けなかったものがいくつもある。平野さんのこの作品には、そういう気配、匂いがありありと伝わる。ではそれは何か? 私は情熱、パッションに似たものではないかと思う。この物語を作者が文中に書いているように〝一人の高校生が大学へ入学するために必要だった一過性の恋〟(正確ではないが)を描いたものと読んでしまうと、この作家の真の力を見逃すのではないか。〝書けるようで、書けない〟は、実はかなり大切な作家の要素ではあるのだが……。
 受賞作が二作品は本新人賞では八年振りのことだという。私は良い事だと思っている。
「晴れ、時々くらげを呼ぶ」の鯨井あめさんは小説のスジ(筋書のスジではなく、センスに近い言い方だが)が大変に良い作家である。作中に登場する文学作品も傾向に面白さがあった。ナイーブという言葉があるが読んでいて、作品にも作者にもそれを感じた。次の作品が愉しみだ。パリュスあや子さんの「惑星難民X」は文章も読み易く、それぞれの女性が何やら糸で繋がっている気配もよく描けていた。才気が随所に感じられた。ただ難を言わせてもらうと各章を仕上げる折に、もう少し粘り、粘着力を持たれれば、さらに新しいものとでくわすように思えた。とは言え二作品とも小説現代長編新人賞にふさわしい作品であったことを選者の一人として喜んでいる。

中島京子

選評

「山吹色の恋人」
 登場人物も少なく、時間や場所の移動も少ないのに、最後まで読ませてしまうのは、文章に味があり、細部に工夫があるからでしょう。高校生の男の子に夢中になる二〇代女性のかなりあらわな欲望が、富士登山に例えられたりするユーモアがあって、おもしろかったです。ただ、物語自体には魅力が感じられず、中途半端に純愛風のラストにも首を傾げ、積極的に推すまでに至りませんでした。
「浮遊するランダム・ナンバー」
 おおがかりな設定への果敢な挑戦に好感を持ちましたが、作品としては失敗していると思いました。タイトルは「レディ・バグ」であるべきだったでしょう。そして内容も未理亜という女性科学者自身が「バグ(誤り)」であると読める展開でなければ、過去に乗り込んで父親と関係を持ち娘(自分)を授かるというエレクトラ複合的な混乱を抱えた主人公を出す意味がないように思います。小説のテーマを整理する必要があると思いました。
「無駄花」
 書き手は五十がらみの男性だろうと、すっかり騙されて読みました。作者よりかなり年長の主人公の人生をフィクションとして紡ぎ上げた筆力は評価します。ただ、少年時代から始まる回想がおもしろく読ませるぶん、手記から離れる最後の放火殺人の印象が薄く、島田への憎しみも伝わりにくくなっています。本物の手記のようではあるものの、「手記という体裁の小説」を書く強みを生かし切れていないと感じました。「死刑囚」である必然性に疑問が残りました。
「晴れ、時々くらげを呼ぶ」
 アニメかドラマにでもなると、大ヒットするのではないだろうかと夢想しました。図書委員という設定、くらげを降らせるという荒唐無稽な展開、そこにいじめやらDVやら早死にした父親への葛藤やらといったエピソードがからみ、しかもスクールものらしい清々しさや成長もあって、よく書けている作品でした。わたしが推さなかったのは、たいへんよく書けているけれど、どこか既視感があり、個々のエピソードにも人物の設定にも、もう少しだけ、深さや奥行きが必要ではと思ったからです。
「惑星難民X」
 五作品の中で、わたしはこの作品を推しました。今日的なテーマにまっすぐ挑戦し、辛気臭い話に落とさずにエンターテインメント作品として仕上げ、しかも読者に何かを考えさせるプラットフォームを提供できていることを、高く評価しました。SF的な始まりだけれども、小説の主軸は三人の女性それぞれの日常にある生きづらさの描写にあり、それが作者と地続きのテーマであるだけに、とてもよく描けていると思います。そして、平均、類型といったものからは、どうしたってはみ出していく、三人の女性に例示されるような個人の集まりの中に、多様性、多文化というものが存在することを書いています。冒頭のワイドショーが長すぎるのは気になりますが、分割して入れるなど、工夫してみるのはどうでしょうか。いずれにしても、この作者が次に書くものを、読んでみたいと思いました。

宮内悠介

五編の宝物

 応募作にはなにがしかの祈りがこめられているはずだ。そのことを忘れないよう胸に留め、なるべく自分の好みを排し、五編の宝物を読むつもりで選考に臨んだ。期せずして悩まされたのは、どの作もそれぞれに魅力があり、優劣をつけるのに忍びないことだった。
 悩んだ末、「無駄花」を一番に推した。これは殺人事件を起こした死刑囚の手記という体裁で、語り手の子供時代まで遡り、その来しかたや事件被害者との因縁がつづられるという一作。題は同じく殺人事件を引き起こし、獄中で執筆活動をした永山則夫からの引用となる。全体として密度が高く、エモーションや怒りのようなものが持続し、台詞も臨場感のあるものだった。また、永山則夫と比較される覚悟を感じ、その点に特に好感を抱いた。
 以下は順不同に。
「晴れ、時々くらげを呼ぶ」は空からくらげを降らせようと日々儀式をくりかえす同級生を軸に、語り手の成長が描かれる学園小説。語り手は「呪いの言葉」を残して死んだ父に囚われ、シニカルに世界を見ているが、周囲の言葉などを契機に徐々に変わっていく。こうした変化を含め、作中人物の心の動きが巧みで、爽やかな読み心地があった。語り手が執拗に父に囚われる理由や、終盤の作中作の是非などいくつか疑問は残ったものの、余りある魅力が感じられた。
「浮遊するランダム・ナンバー」の鍵となるのは0と1を発信する乱数発生器で、これは「意識」を検知すると1に偏るという代物。この装置を宇宙探査機に乗せ、主人公は地球外生命体の発見を目論む。はたして、遠い惑星に送りこまれた探査機が、あるとき1の羅列を返してくる。と同時に、世界中で八十万人が消失する……。ファーストコンタクトにタイムスリップ、並行宇宙と全部盛りをしながらストーリーも読ませる力業で、大きな話を読む喜びがあった。ただ、なぜ意識を検知すると乱数が偏るのかといった諸々の理屈面は、ほら話でいいので、もう一歩それらしい理由を示してほしかったところで、その点がやや悔やまれた。
「惑星難民X」では人間と区別のつかない「惑星難民X」が社会問題となった世界を舞台に、大手企業の派遣社員、外国人留学生、バイトのかけもちで暮らす就職氷河期世代、と三人の女性の物語がゆるやかにつながっていく。SF要素はほぼ背景に徹し、むしろそのなかで暮らす人々の出来事や心の動きが丁寧につづられ、読んでいて好感を抱くものだった。また、多様社会のありようやゼノフォビアといった問題のほかに、ときおり生々しく挿入される男性の暴力が印象に刻まれる。
「山吹色の恋人」は会社員女性と男子高校生の年の差ラブストーリー。語り手のちょっとした心の動きをよく見落とさずに捉え、描きこんでいると思わされた。ときおり顔を出すかつての恋人もいい味。終盤で問題化する、とある人間心理については、伏線はあるものの、個人的にはやや疑問に感じられた。
 受賞されたかたも、そうでないかたも、どうか書きつづけてほしいと願う。

薬丸 岳

僅差の激戦

 初めて新人賞の選考に携わりますが、想像していた以上にレベルが高く、またバラエティーに富んだ候補作で楽しめました。
「山吹色の恋人」二十八歳のOL舞と十八歳の高校三年生大和とのラブストーリーですが、読みやすい文章でテンポもいい。ただ、そもそも今の時代に十歳という年齢差が、主人公が感じるほどの障害なのだろうか、という思いが終始拭えませんでした。大和の同級生、家族、さらに教師までもがふたりの恋愛を応援している中で、主人公の自己肯定感の低さがただただ目立ち、物語としても平板なものになってしまったと感じました。そういう主人公であってもいいと思うのですが、様々な障害を感じながらも、そこから一歩踏み出す姿をぼくは読んでみたかったです。
「浮遊するランダム・ナンバー」スケールの大きな、作者の熱量を感じるタイムトラベルもので、終盤までぐいぐい読み進めました。ただ、過去を変えても現在に反映されないというある設定が、あまりにも都合よく感じられて、終盤まで感じていた興奮が失速してしまった。他の選考委員からも同様の意見があり、惜しい作品だと思いながら、強く推しきれませんでした。
「惑星難民X」せっかくユニークでスケールの大きな設定を用意しているのに、それがキーワードのようにしか扱われておらず、物語にうまく生かし切れていないと感じました。個人的には「惑星難民」が溶け込んだ特殊な社会、そこに住まう人々のありようをもっと読ませてほしかった。また、紀彦が惑星難民であると笹が確信を持つくだりの描き方にも難があるように思います。とはいえ、各々のエピソードはよく描かれていて、強いオリジナリティも感じたので、受賞に賛同しました。
「無駄花」回りくどく理屈っぽい言い回しに読みづらさを感じ、主人公の差別意識や身勝手な思考も引っ掛かりましたが、長年収監されている死刑囚が書いた手記だと鑑みれば納得がいく。作者がどこまで意図してのことかはわかりませんが、うまい作りだと思いました。主人公への深い共感は得られなかったものの、強く惹きつけられる小説であるのはたしかだと思います。
「晴れ、時々くらげを呼ぶ」思春期の閉塞感や倦怠感、さらにきらめきが、瑞々しい筆致で描かれていて好感を持ちました。所々都合のよい展開が見受けられますが、それほど学生時代に思い入れのない自分が読んでも心に染み入って涙したシーンもあり、また候補作中唯一、作中での登場人物の成長を感じられ、一番に推しました。  受賞作のそれぞれにも弱点と思われるところがあり、受賞を逃した作品にも魅力的な面がたくさんあった。そういう意味で僅差の激戦だったと思います。受賞者にはこれからさらなる活躍を期待しますし、残念ながら受賞を逃したかたがたも、さらにレベルアップした次作を心待ちにしています。

朝井まかて

脈動と洞察と、得体の知れなさ

「晴れ、時々くらげを呼ぶ」には引き込まれて、夢中になった。文章、表現が緻密なのだ。ストーリーの起伏と共に、小説の背骨を支える血肉の脈動を生き生きと感じた。物語の中盤まで読者を充分に惹きつけておいてうまく裏切りもして、さらに遠いところまで連れていく筆力は相当なものだと思う。主人公と後輩女子高生との恋愛物語にしなかったことも、この作品を成功させた理由の一つだろう。あえて恋愛譚にしなかったことで今の若者像がより浮き彫りになったし、透明感も得ている。とはいえ、重大な難点もあった。後輩女子高生はあまりにアニメっぽく、類型的だ。そしてもっと残念だったのは、主人公の父親が書いたという謎の小説。この存在が物語を牽引し、読者の期待値も自ずと高くなる。いわば作品の肝心であるのに、これが何とも肩透かしであった。それでも、である。若い読者だけでなく大人にも読んでもらいたい作品だ。そして何より、私は晴れた冬空を見ては「降れっ」と呟いている。鯨井さん、おめでとうございます。降りましたね!
「惑星難民X」は、惑星難民の生態には既視感があり、既存の小説や映画に頼っている部分があるとは思う。しかし現代の社会が抱える問題と巧くリンクさせ、登場人物の置かれた環境や心情を通じて難民や移住外国人の受け入れ、違法労働について投げかけてくるところに作者の並みならぬ手腕を感じた。女性ゆえに蒙っている暴力や恫喝、生きにくさも淡々と恨み節でなく描いてあり、そのセンスも好もしかった。パリュスさん、おめでとうございます。執筆の基礎体力はもちろん、人間や社会への洞察力がある人だと思います。
「浮遊するランダム・ナンバー」、これも冒頭から既存の小説や映画の影響を感じたが、ただ一点のオリジナリティがあればと読み進めた。だが、作者のアイデアに構成や表現がついていかなかった。会話や心情描写、人間関係にまつわる描写も粗く、ゆえにどの登場人物も魅力が薄い。ただ、あらゆる齟齬を重ねても、ラストに向かう熱は感じた。その熱のままに、また挑んでください。
「山吹色の恋人」は、葛藤のない恋愛がこうもつまらぬものかと思い知らされた作品だ。互いに躰をすっきりさせたかっただけなのだという主人公の自覚、そこを一つの真理とするならば、その道程に波乱がなければ読者はカタルシスを感じようがない。筆力はあるのだから、真正面から毒のある作品に取り組んでもよい人だと思う。
「無駄花」は不思議な作品だった。冒頭、死刑囚の手記という設定に期待して読んだ。だが子供時分から振り返る手記部分は一本調子で、針小棒大のエピソードが多過ぎる。主人公の内面描写と講釈を取り違えているのではと首を傾げる箇所も多かった。ただ、ラストで目が覚めたようにまた小説が息を吹き返す。作者はわざと、主人公の人となりを語るために、あの回りくどい、理屈の乱暴な手記にしたのかと思い直したほどだ。この死刑囚はごく平凡な、あなたのすぐそばにいる人間ですよ、と。中さん、奨励賞おめでとうございます。どこか得体の知れなさで勝ち取ったデビューです(褒めてます)。大いに暴れてください。

伊集院 静

選評

 今回は、初めて二作品を推した。絞り切れなかったというより、どちらの作品にも好感を抱いたからである。ひとつは中真大氏の「無駄花」である。死刑囚の独白のカタチを取っているのが冒頭でわかったので、少し困まったナ、と読み進めたが、すぐに物語の中に引き込まれた。関西弁(私には兵庫辺りの言葉に思えたが)で押し進めるテンポが軽やかで、少年期を関西圏で過ごした私には妙に納得が行くリズムと〝間〟があって、この作者の声が聞こえて来る気がした。少年期の多感な情熱と、不安、悩みもよくうかがえた。これは文章における才能である。新人の作品としては十分に、ひとつのレベルを持ち合わせている。後半の殺人にいたる物語の構成は作者がどこかで、物語の顛末が必要と考えられたのかもしれない。小説に、そんなものは不必要で、この饒舌体のような文節をひとつひとつ面白がって書き進んで行かれれば、さらに多くの人を愉ませる作品が生まれるのではと思う。今後をおおいに期待したい。
 もうひとつの作品は平野未奈さんの「山吹色の恋人」である。好感を持てる作品だった。この作品は、書けるようで書けない小説だ。作者も、この主人公、恋人の高校生を違う設定で、もう一度書いて欲しい、と言われても、おそらく二度と書けないだろう。小説には、その時期、その時節(言い方を変えれば、その年齢、その感情を抱ける時)でしか書けない作品があるものだ。現存する作家、または読み継がれる多くの作品を残している先輩作家たちの作品の中でも、それを読むと、早い時期しか書けなかったものがいくつもある。平野さんのこの作品には、そういう気配、匂いがありありと伝わる。ではそれは何か? 私は情熱、パッションに似たものではないかと思う。この物語を作者が文中に書いているように〝一人の高校生が大学へ入学するために必要だった一過性の恋〟(正確ではないが)を描いたものと読んでしまうと、この作家の真の力を見逃すのではないか。〝書けるようで、書けない〟は、実はかなり大切な作家の要素ではあるのだが……。
 受賞作が二作品は本新人賞では八年振りのことだという。私は良い事だと思っている。
「晴れ、時々くらげを呼ぶ」の鯨井あめさんは小説のスジ(筋書のスジではなく、センスに近い言い方だが)が大変に良い作家である。作中に登場する文学作品も傾向に面白さがあった。ナイーブという言葉があるが読んでいて、作品にも作者にもそれを感じた。次の作品が愉しみだ。パリュスあや子さんの「惑星難民X」は文章も読み易く、それぞれの女性が何やら糸で繋がっている気配もよく描けていた。才気が随所に感じられた。ただ難を言わせてもらうと各章を仕上げる折に、もう少し粘り、粘着力を持たれれば、さらに新しいものとでくわすように思えた。とは言え二作品とも小説現代長編新人賞にふさわしい作品であったことを選者の一人として喜んでいる。

中島京子

選評

「山吹色の恋人」
 登場人物も少なく、時間や場所の移動も少ないのに、最後まで読ませてしまうのは、文章に味があり、細部に工夫があるからでしょう。高校生の男の子に夢中になる二〇代女性のかなりあらわな欲望が、富士登山に例えられたりするユーモアがあって、おもしろかったです。ただ、物語自体には魅力が感じられず、中途半端に純愛風のラストにも首を傾げ、積極的に推すまでに至りませんでした。
「浮遊するランダム・ナンバー」
 おおがかりな設定への果敢な挑戦に好感を持ちましたが、作品としては失敗していると思いました。タイトルは「レディ・バグ」であるべきだったでしょう。そして内容も未理亜という女性科学者自身が「バグ(誤り)」であると読める展開でなければ、過去に乗り込んで父親と関係を持ち娘(自分)を授かるというエレクトラ複合的な混乱を抱えた主人公を出す意味がないように思います。小説のテーマを整理する必要があると思いました。
「無駄花」
 書き手は五十がらみの男性だろうと、すっかり騙されて読みました。作者よりかなり年長の主人公の人生をフィクションとして紡ぎ上げた筆力は評価します。ただ、少年時代から始まる回想がおもしろく読ませるぶん、手記から離れる最後の放火殺人の印象が薄く、島田への憎しみも伝わりにくくなっています。本物の手記のようではあるものの、「手記という体裁の小説」を書く強みを生かし切れていないと感じました。「死刑囚」である必然性に疑問が残りました。
「晴れ、時々くらげを呼ぶ」
 アニメかドラマにでもなると、大ヒットするのではないだろうかと夢想しました。図書委員という設定、くらげを降らせるという荒唐無稽な展開、そこにいじめやらDVやら早死にした父親への葛藤やらといったエピソードがからみ、しかもスクールものらしい清々しさや成長もあって、よく書けている作品でした。わたしが推さなかったのは、たいへんよく書けているけれど、どこか既視感があり、個々のエピソードにも人物の設定にも、もう少しだけ、深さや奥行きが必要ではと思ったからです。
「惑星難民X」
 五作品の中で、わたしはこの作品を推しました。今日的なテーマにまっすぐ挑戦し、辛気臭い話に落とさずにエンターテインメント作品として仕上げ、しかも読者に何かを考えさせるプラットフォームを提供できていることを、高く評価しました。SF的な始まりだけれども、小説の主軸は三人の女性それぞれの日常にある生きづらさの描写にあり、それが作者と地続きのテーマであるだけに、とてもよく描けていると思います。そして、平均、類型といったものからは、どうしたってはみ出していく、三人の女性に例示されるような個人の集まりの中に、多様性、多文化というものが存在することを書いています。冒頭のワイドショーが長すぎるのは気になりますが、分割して入れるなど、工夫してみるのはどうでしょうか。いずれにしても、この作者が次に書くものを、読んでみたいと思いました。

宮内悠介

五編の宝物

 応募作にはなにがしかの祈りがこめられているはずだ。そのことを忘れないよう胸に留め、なるべく自分の好みを排し、五編の宝物を読むつもりで選考に臨んだ。期せずして悩まされたのは、どの作もそれぞれに魅力があり、優劣をつけるのに忍びないことだった。
 悩んだ末、「無駄花」を一番に推した。これは殺人事件を起こした死刑囚の手記という体裁で、語り手の子供時代まで遡り、その来しかたや事件被害者との因縁がつづられるという一作。題は同じく殺人事件を引き起こし、獄中で執筆活動をした永山則夫からの引用となる。全体として密度が高く、エモーションや怒りのようなものが持続し、台詞も臨場感のあるものだった。また、永山則夫と比較される覚悟を感じ、その点に特に好感を抱いた。
 以下は順不同に。
「晴れ、時々くらげを呼ぶ」は空からくらげを降らせようと日々儀式をくりかえす同級生を軸に、語り手の成長が描かれる学園小説。語り手は「呪いの言葉」を残して死んだ父に囚われ、シニカルに世界を見ているが、周囲の言葉などを契機に徐々に変わっていく。こうした変化を含め、作中人物の心の動きが巧みで、爽やかな読み心地があった。語り手が執拗に父に囚われる理由や、終盤の作中作の是非などいくつか疑問は残ったものの、余りある魅力が感じられた。
「浮遊するランダム・ナンバー」の鍵となるのは0と1を発信する乱数発生器で、これは「意識」を検知すると1に偏るという代物。この装置を宇宙探査機に乗せ、主人公は地球外生命体の発見を目論む。はたして、遠い惑星に送りこまれた探査機が、あるとき1の羅列を返してくる。と同時に、世界中で八十万人が消失する……。ファーストコンタクトにタイムスリップ、並行宇宙と全部盛りをしながらストーリーも読ませる力業で、大きな話を読む喜びがあった。ただ、なぜ意識を検知すると乱数が偏るのかといった諸々の理屈面は、ほら話でいいので、もう一歩それらしい理由を示してほしかったところで、その点がやや悔やまれた。
「惑星難民X」では人間と区別のつかない「惑星難民X」が社会問題となった世界を舞台に、大手企業の派遣社員、外国人留学生、バイトのかけもちで暮らす就職氷河期世代、と三人の女性の物語がゆるやかにつながっていく。SF要素はほぼ背景に徹し、むしろそのなかで暮らす人々の出来事や心の動きが丁寧につづられ、読んでいて好感を抱くものだった。また、多様社会のありようやゼノフォビアといった問題のほかに、ときおり生々しく挿入される男性の暴力が印象に刻まれる。
「山吹色の恋人」は会社員女性と男子高校生の年の差ラブストーリー。語り手のちょっとした心の動きをよく見落とさずに捉え、描きこんでいると思わされた。ときおり顔を出すかつての恋人もいい味。終盤で問題化する、とある人間心理については、伏線はあるものの、個人的にはやや疑問に感じられた。
 受賞されたかたも、そうでないかたも、どうか書きつづけてほしいと願う。

薬丸 岳

僅差の激戦

 初めて新人賞の選考に携わりますが、想像していた以上にレベルが高く、またバラエティーに富んだ候補作で楽しめました。
「山吹色の恋人」二十八歳のOL舞と十八歳の高校三年生大和とのラブストーリーですが、読みやすい文章でテンポもいい。ただ、そもそも今の時代に十歳という年齢差が、主人公が感じるほどの障害なのだろうか、という思いが終始拭えませんでした。大和の同級生、家族、さらに教師までもがふたりの恋愛を応援している中で、主人公の自己肯定感の低さがただただ目立ち、物語としても平板なものになってしまったと感じました。そういう主人公であってもいいと思うのですが、様々な障害を感じながらも、そこから一歩踏み出す姿をぼくは読んでみたかったです。
「浮遊するランダム・ナンバー」スケールの大きな、作者の熱量を感じるタイムトラベルもので、終盤までぐいぐい読み進めました。ただ、過去を変えても現在に反映されないというある設定が、あまりにも都合よく感じられて、終盤まで感じていた興奮が失速してしまった。他の選考委員からも同様の意見があり、惜しい作品だと思いながら、強く推しきれませんでした。
「惑星難民X」せっかくユニークでスケールの大きな設定を用意しているのに、それがキーワードのようにしか扱われておらず、物語にうまく生かし切れていないと感じました。個人的には「惑星難民」が溶け込んだ特殊な社会、そこに住まう人々のありようをもっと読ませてほしかった。また、紀彦が惑星難民であると笹が確信を持つくだりの描き方にも難があるように思います。とはいえ、各々のエピソードはよく描かれていて、強いオリジナリティも感じたので、受賞に賛同しました。
「無駄花」回りくどく理屈っぽい言い回しに読みづらさを感じ、主人公の差別意識や身勝手な思考も引っ掛かりましたが、長年収監されている死刑囚が書いた手記だと鑑みれば納得がいく。作者がどこまで意図してのことかはわかりませんが、うまい作りだと思いました。主人公への深い共感は得られなかったものの、強く惹きつけられる小説であるのはたしかだと思います。
「晴れ、時々くらげを呼ぶ」思春期の閉塞感や倦怠感、さらにきらめきが、瑞々しい筆致で描かれていて好感を持ちました。所々都合のよい展開が見受けられますが、それほど学生時代に思い入れのない自分が読んでも心に染み入って涙したシーンもあり、また候補作中唯一、作中での登場人物の成長を感じられ、一番に推しました。  受賞作のそれぞれにも弱点と思われるところがあり、受賞を逃した作品にも魅力的な面がたくさんあった。そういう意味で僅差の激戦だったと思います。受賞者にはこれからさらなる活躍を期待しますし、残念ながら受賞を逃したかたがたも、さらにレベルアップした次作を心待ちにしています。

最終候補作品

  • 晴れ、時々くらげを呼ぶ / 鯨井あめ
  • 浮遊するランダム・ナンバー / 西条彩子
  • 惑星難民Ⅹ / パリュスあや子
  • 山吹色の恋人 / 平野未奈
  • 無駄花 / 中 真大

選考委員

朝井まかて

伊集院 静

中島京子

宮内悠介

薬丸 岳

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