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小説現代長編新人賞

第13回
小説現代長編新人賞
結果発表

第13回
小説現代長編新人賞
結果発表

第13回小説現代長編新人賞は、郵送とWEBであわせて九百九十五編の応募がありました。百九十八編が第一次選考を通過、次いで十七編が二次選考を通過し、最終候補は下記の五作品が選ばれました。
朝井まかて、石田衣良、伊集院静、角田光代、花村萬月の五名の選考委員が審査した結果、受賞作品を左記の通り、決定いたしました。

第13回小説現代長編新人賞

第13回小説現代長編新人賞

神津凛子(かみづ・りんこ)
1979年長野県生まれ。歯科衛生専門学校卒業。現在歯科医院勤務。3年前より小説を書き始め、小説現代長編新人賞は今回で2回目の応募となる。ペンネームの「神津」は母の旧姓、「凛子」は学生時代のあだ名から。長野県在住。

神津 凛子

sweet my home

受賞者の言葉

 最終選考に残りました――そう連絡を受けた時、特殊詐欺かなにかだと思いました。昨年は一次選考も通過しなかったので、どうせ今年もだめだろうと結果の確認すらしていませんでした。正に寝耳に水の出来事でした。
 私が小説を書き始めたのは三年前。地元紙のお悔やみ欄を読んでいた私はふと、人の寿命は分からないな、平均寿命を全うできたとしても、私の人生半分は終わったのだと思いました。残り半分で、私は一体なにを残せるだろう、とも思いました。
 子どもの頃の夢は小説家でした。友人と、互いに書いた小説とも呼べぬ妄想の物語を見せ合ったりしていました。中学三年の進路相談の時、希望する職業に小説家と記入したら、担任に「夢は夢でいいけれど、現実を見なさい」と諭されました。それまでに書き溜めた物語と真っ新っな原稿用紙を押入れに押し込んで以来、手に職をつけて就職することが私の現実になりました。
 本が好きでした。小説だけでなく、漫画も沢山読みました。
 それらは私にとって、単に物語を楽しむ媒体ではありませんでした。様々な作家が生み出す言葉は、時に人生の指針となり、時に傷ついた心を癒し、生きる力をくれました。
 言葉にできない想いを、感情を、痛みを、作家は彫琢した言葉で綴り、読む者の心を震わせます。なにか残したい――そう思った時、私は小説を書きたい、そう思いました。
 受賞が決まってからは、意外にも不安に苛まれています。
 万が一受賞などということになったら、浮かれて大騒ぎするのかな、突然小説家気取りで周囲の人達を驚かせるのかな、などという妄想とは真逆の不安の中にいます。
 作品への不安、評価されることへの不安、これから先の不安。
 夢にはゴールテープが用意されていなかったので、果たして幼かった頃の夢が叶ったのかどうか、実感がありません。そもそも、私の夢のゴールは現在なのか。今、胸に巣くっている不安は、走り続ければ払拭されるのか。そう思った時、ああ、私はゴールしたのではなく、やっと夢のスタートラインに立てたのだな、と思いました。
 不安だらけの中にも大きな喜びがありました。それは、私の小説を読んでくれた人がいるという喜びでした。今はまだ見えないゴールへ向かって、不安だらけの私はその喜びだけを胸に走り出したいと思います。
 私を見つけて下さった編集部の方々、夢のスタートラインに立たせて下さった選考委員の先生方。私の小説を読んで下さった全ての方々に心から感謝申し上げます。

神津凛子

 最終選考に残りました――そう連絡を受けた時、特殊詐欺かなにかだと思いました。昨年は一次選考も通過しなかったので、どうせ今年もだめだろうと結果の確認すらしていませんでした。正に寝耳に水の出来事でした。
 私が小説を書き始めたのは三年前。地元紙のお悔やみ欄を読んでいた私はふと、人の寿命は分からないな、平均寿命を全うできたとしても、私の人生半分は終わったのだと思いました。残り半分で、私は一体なにを残せるだろう、とも思いました。
 子どもの頃の夢は小説家でした。友人と、互いに書いた小説とも呼べぬ妄想の物語を見せ合ったりしていました。中学三年の進路相談の時、希望する職業に小説家と記入したら、担任に「夢は夢でいいけれど、現実を見なさい」と諭されました。それまでに書き溜めた物語と真っ新っな原稿用紙を押入れに押し込んで以来、手に職をつけて就職することが私の現実になりました。
 本が好きでした。小説だけでなく、漫画も沢山読みました。
 それらは私にとって、単に物語を楽しむ媒体ではありませんでした。様々な作家が生み出す言葉は、時に人生の指針となり、時に傷ついた心を癒し、生きる力をくれました。
 言葉にできない想いを、感情を、痛みを、作家は彫琢した言葉で綴り、読む者の心を震わせます。なにか残したい――そう思った時、私は小説を書きたい、そう思いました。
 受賞が決まってからは、意外にも不安に苛まれています。
 万が一受賞などということになったら、浮かれて大騒ぎするのかな、突然小説家気取りで周囲の人達を驚かせるのかな、などという妄想とは真逆の不安の中にいます。
 作品への不安、評価されることへの不安、これから先の不安。
 夢にはゴールテープが用意されていなかったので、果たして幼かった頃の夢が叶ったのかどうか、実感がありません。そもそも、私の夢のゴールは現在なのか。今、胸に巣くっている不安は、走り続ければ払拭されるのか。そう思った時、ああ、私はゴールしたのではなく、やっと夢のスタートラインに立てたのだな、と思いました。
 不安だらけの中にも大きな喜びがありました。それは、私の小説を読んでくれた人がいるという喜びでした。今はまだ見えないゴールへ向かって、不安だらけの私はその喜びだけを胸に走り出したいと思います。
 私を見つけて下さった編集部の方々、夢のスタートラインに立たせて下さった選考委員の先生方。私の小説を読んで下さった全ての方々に心から感謝申し上げます。

神津凛子

梗概

「sweet my home」

 長野の冬は長く厳しい。スポーツジムでインストラクターとして勤務する賢二は、寒がりの妻と幼い娘のために、住宅会社の展示場に足を運ぶ。「まほうの家」という売り文句がついたそのモデルハウスは、天井裏にダクトが備え付けられ、家中を同じ温度に暖めることができた。担当者の女性の誠実できめ細やかな説明もあり、賢二は家の購入を真剣に考え始める。
 だが、賢二は、実家の母と兄のことが気にかかっていた。東京生まれの賢二が長野に来たのは、両親の離婚がきっかけだった。大学進学で一旦東京に戻ったものの、兄が精神に変調をきたし、看病のための帰郷を余儀なくされたのだ。二人を古い実家に残し、新しい家を買っていいものか。意を決し、母に相談するが、意外にもすんなり納得してくれる。「いつも監視されているから、隠しておくのも大変なんだ」というわけのわからない兄の言動が気にかかるが、賢二は家を建てる決心をする。
 一年半後、「まほうの家」は完成し、その間、次女も生まれた賢二は、幸せの絶頂にいた。ところが、その家に住み始めた直後から、奇妙な現象が起こり始める。何もない空間を凝視する友人の子ども。赤ん坊の瞳に映る知らない人間の姿を見た、という妻。見てはいけない恐ろしいものを見た、と主張する同僚。家の地下室で身動きが取れなくなった娘――。この家には、何かがある。幸せだったはずの賢二と家族の生活は、少しずつ壊れ始めていく……。

「sweet my home」

 長野の冬は長く厳しい。スポーツジムでインストラクターとして勤務する賢二は、寒がりの妻と幼い娘のために、住宅会社の展示場に足を運ぶ。「まほうの家」という売り文句がついたそのモデルハウスは、天井裏にダクトが備え付けられ、家中を同じ温度に暖めることができた。担当者の女性の誠実できめ細やかな説明もあり、賢二は家の購入を真剣に考え始める。
 だが、賢二は、実家の母と兄のことが気にかかっていた。東京生まれの賢二が長野に来たのは、両親の離婚がきっかけだった。大学進学で一旦東京に戻ったものの、兄が精神に変調をきたし、看病のための帰郷を余儀なくされたのだ。二人を古い実家に残し、新しい家を買っていいものか。意を決し、母に相談するが、意外にもすんなり納得してくれる。「いつも監視されているから、隠しておくのも大変なんだ」というわけのわからない兄の言動が気にかかるが、賢二は家を建てる決心をする。
 一年半後、「まほうの家」は完成し、その間、次女も生まれた賢二は、幸せの絶頂にいた。ところが、その家に住み始めた直後から、奇妙な現象が起こり始める。何もない空間を凝視する友人の子ども。赤ん坊の瞳に映る知らない人間の姿を見た、という妻。見てはいけない恐ろしいものを見た、と主張する同僚。家の地下室で身動きが取れなくなった娘――。この家には、何かがある。幸せだったはずの賢二と家族の生活は、少しずつ壊れ始めていく……。

奨励賞

奨励賞

夏原 エヰジ(なつばら・えいじ)
1991年2月6日千葉県習志野市生まれ。中学生の時に石川県に移住。上智大学法学部卒。’13年に石川県の銀行に就職後、半年で同県の出版社に転職。’15年に退職の後、塾スタッフのアルバイトやフリーライターとして活動しつつ半ニート生活を送る。作家としての知識や経験は皆無だったが、‘17年夏に突如思い立って本作を書き、勢いで応募。石川県白山市在住。

夏原 エヰジ

Cocoon

受賞者の言葉

 初めに、一次から最終選考まで、この作品を読んで評価してくださった全ての方、今まで私を見守り、支えてくれた家族、友人に、心より感謝申し上げます。
 三次の発表から受賞までは、今まで経験したことの無い程の緊張と高揚感で、かなり情緒不安定になっていました。ある日それがピークに達して、真夜中に発狂し、奇声を上げながら愛猫のお腹に頭を押し付け、阿波踊りを踊ったのも今では良い思い出です。あの時の猫の冷たい視線は一生忘れないでしょう。
 ご縁というのは不思議なもので、私は就活時代、出版社への就職を目指しており、勿論講談社様へもエントリーしていました。結果は三次面接で無事お祈りされましたが(笑)、その時頂いた交通費を手に、いつかまた必ず来るからな! と謎の決意をしたことを今も覚えています。それがこうして小説を書くことで叶ったことには運命のようなものを感じました。
 この作品は学生時代から私の頭にあったもので、主人公たちとは長い付き合いになりました。その頃から小説を書いてみたいとぼんやり思っていたものの中々行動に移せずにいましたが、色んなことが重なり、気付けば突き動かされるように書いていました。主人公の瑠璃には、遅い! と叱られている気がします。
 賞金で豪遊することを目論んでいたので新人賞を取れなかったことは正直悔しいですが、作家としてのスタート地点に立たせていただけたことを、本当に、本当に嬉しく思っております。この喜びを胸に、気を引き締めて、面白いと思ってもらえる作品を書き続けていく所存です。

夏原 エヰジ

 初めに、一次から最終選考まで、この作品を読んで評価してくださった全ての方、今まで私を見守り、支えてくれた家族、友人に、心より感謝申し上げます。
 三次の発表から受賞までは、今まで経験したことの無い程の緊張と高揚感で、かなり情緒不安定になっていました。ある日それがピークに達して、真夜中に発狂し、奇声を上げながら愛猫のお腹に頭を押し付け、阿波踊りを踊ったのも今では良い思い出です。あの時の猫の冷たい視線は一生忘れないでしょう。
 ご縁というのは不思議なもので、私は就活時代、出版社への就職を目指しており、勿論講談社様へもエントリーしていました。結果は三次面接で無事お祈りされましたが(笑)、その時頂いた交通費を手に、いつかまた必ず来るからな! と謎の決意をしたことを今も覚えています。それがこうして小説を書くことで叶ったことには運命のようなものを感じました。
 この作品は学生時代から私の頭にあったもので、主人公たちとは長い付き合いになりました。その頃から小説を書いてみたいとぼんやり思っていたものの中々行動に移せずにいましたが、色んなことが重なり、気付けば突き動かされるように書いていました。主人公の瑠璃には、遅い! と叱られている気がします。
 賞金で豪遊することを目論んでいたので新人賞を取れなかったことは正直悔しいですが、作家としてのスタート地点に立たせていただけたことを、本当に、本当に嬉しく思っております。この喜びを胸に、気を引き締めて、面白いと思ってもらえる作品を書き続けていく所存です。

夏原 エヰジ

梗概

「Cocoon」

 天明期の江戸・吉原。大見世である「黒羽屋」の最高級遊女・花魁として名を馳せる主人公の瑠璃は、江戸に跋扈する「鬼」を滅する闇組織・黒雲の頭領という裏の顔を持っていた。彼女は妖刀・飛雷を操り、恨みを強く抱いて死んだ者がなる「鬼」を退治するのを任務としていたのだ。遊女の身でありながら自由な立場と権力を有するその強い力に惹かれ、様々な妖が瑠璃の下に集まることもしばしば。黒羽屋で若衆として働きながら瑠璃を支える黒雲のメンバーに裕福な太客たち、仲の良い朋輩にも恵まれている瑠璃だが、己が持つ尋常ならざる力と鬼に対する嗜虐的な嗜好に、苦悩もしていた。
 ある時、親友でもある朋輩が失踪。瑠璃は朋輩の身を案じ、胸騒ぎを抑えられないまま、吉原の一大行事である白無垢道中の日を迎える。大勢の観衆の前で道中が行われる中、失踪していた朋輩が鬼と化して姿を現し、瑠璃を攻撃する。それにより、瑠璃の中で人の力が届かない「何か」が目を覚まし、暴れだす。実は瑠璃と妖刀の中には、太古の昔に存在した邪龍が封印されていたのだった――。

「Cocoon」

 天明期の江戸・吉原。大見世である「黒羽屋」の最高級遊女・花魁として名を馳せる主人公の瑠璃は、江戸に跋扈する「鬼」を滅する闇組織・黒雲の頭領という裏の顔を持っていた。彼女は妖刀・飛雷を操り、恨みを強く抱いて死んだ者がなる「鬼」を退治するのを任務としていたのだ。遊女の身でありながら自由な立場と権力を有するその強い力に惹かれ、様々な妖が瑠璃の下に集まることもしばしば。黒羽屋で若衆として働きながら瑠璃を支える黒雲のメンバーに裕福な太客たち、仲の良い朋輩にも恵まれている瑠璃だが、己が持つ尋常ならざる力と鬼に対する嗜虐的な嗜好に、苦悩もしていた。
 ある時、親友でもある朋輩が失踪。瑠璃は朋輩の身を案じ、胸騒ぎを抑えられないまま、吉原の一大行事である白無垢道中の日を迎える。大勢の観衆の前で道中が行われる中、失踪していた朋輩が鬼と化して姿を現し、瑠璃を攻撃する。それにより、瑠璃の中で人の力が届かない「何か」が目を覚まし、暴れだす。実は瑠璃と妖刀の中には、太古の昔に存在した邪龍が封印されていたのだった――。

選評

朝井まかて

文章への心を

「sweet my home」は構成力があり、最後まで物語の芯を捕えて放さず、狂気に迫りおおせた作品。とくにラスト、家族の再生物語で結着させなかった点にも好感が持てた。気になったのは、前半、主人公の心情がめまぐるしいことと、犯人が家の中を這い回るシーンなど既成の映画を想起させて全く怖くないこと。比喩表現も無神経な箇所が多い。しかし最大の疑問は、トリック装置となっている家の構造だ。現代の住宅建築では現実的ではないと思う。とはいえ、この作品が最も熱があった。神津さん、堂々たる新人賞です。おめでとうございます。
「Cocoon」は設定が面白いので期待して読んだが、中盤まで筋運びのためのムリな事情が多く、ストーリーとエピソードもなかなか噛み合わない。梗概には「シリーズものとして構成してあるので、本作では謎なままの部分も今後明らかにしていきます」とあるが、やはり情報の提示が遅すぎるし、出し惜しみをせずに書いてもどんどん展開していける作品が結果としてシリーズものになる。物語が動き始める後半は主人公がとても魅力的になるので、夏原さんは書けば書くほど腕が上がる人ではないか。奨励賞、おめでとうございます。
「ハレマチ」は舞台も題材も面白いし、作者なりによく調べて書いているのだろうと思いつつ、読み進めるのが難儀だった。説明や講釈が多く、しかも「厭な言い方になるが」といった、誰に対してのエクスキューズなんだろうという文章が挿入されているので、なかなか入り込めない。題材を活かしきれず、主人公の物語を紡げなかった。
「鍋島侯爵夫人」は主人公がいかに成長していくか、とくに意志の強さの変化をよく追っていた。美子皇后や直大のセリフにはいいものがあり、当時の日本美の解釈や「理」と「情」の捉え方も頷けた。惜しむらくは、人物や場面が目に浮かびにくいこと。筋を追うのに手一杯になってしまったか。不平等条約についてもきちんと説明しないと、男たちが条約改正を悲願としていかに力を尽くしたかが読者に伝わりにくい。ラストも主人公から離れた閉じ方なので、歴史本のようになってしまった。けれど力のある作者だし、他の作品も読んでみたいと思う。
「G」については、私は迷いつつも○をつけて選考会に挑んだ。延々と続く講釈や批判が鼻持ちならないし、しかしこれは作者のあくどい企みか、あえてうざったく書いているのかと、先を読み進めてしまったのだ。不用意な言葉遣いや甘い表現も散見され、そのつど我に返ってしまうのだが、また次の展開に引き込まれた。アセシーノと少女の場面など、心を揺さぶられもした。ただ、ギャングのボスの描写がどうにも陳腐で、連続殺人の動機も粗雑に過ぎる。ゆえに推しきれなかった。
 さて、全作品を通じて感じたことがある。皆、題材選びや筋運びには注力しているようなのに、文章そのものが不思議なほど淡いし、無頓着だ。だから小説が織りなす人物も事象も薄い。凝ったものがよいという意味ではなく、ああ、この一行のためにこの作品は生まれたのだなあと思える文章に巡り会いたい。

石田衣良

爽快なまでに不気味で悪趣味

 今回の応募総数は九百九十五篇。最終選考に残された五作品はバラエティに富み、とてもレベルが高かった。いつもの年なら、どの作品が新人賞奨励賞でもおかしくなかった当たり年である。こうした際の選考会は楽しいものだが、今年はさらにひとつサプライズがあって、印象深い年になったことをお知らせしておきます。
「ハレマチ」文章は手慣れているし、首を傾げるおかしな表現もない。十分にプロの水準なのだが、男性週刊誌のグラビア担当という特殊な業界に頼り過ぎたか。お仕事小説ではなく、お仕事「だけ」小説になってしまった。作者は他になにを書けるのかと心配になる。
「G」メキシコで発生した麻薬王がらみの連続殺人事件(三十三〜三十四人殺し?)を日系人が捜査するミステリー。設定はめちゃくちゃでストーリーも意味不明のところがあるが、アクションシーンは上手く、エピソードは印象的という評価に困る作品。この熱気をもって、つぎは日本を舞台に書いたらどうだろうか。あちこちに顔をだす未熟な小説論は、読者には無関係なので削りましょう。センスと可能性は感じる。
「鍋島侯爵夫人」夫に先立たれた数ヵ月後、政略結婚で新たな夫を迎え、そのまま任地イタリアへ。鍋島詠子の数奇な人生を追っていくが、これほどの素材でなぜ盛りあがらないのだろうか。年表を追うだけでなく、そこで生きている人の心の振幅をもっと豊かに表現しなければ、時代小説は歴史書と変わらなくなる。今を生きるあなたと変わらない喜怒哀楽を鮮やかに描きこんでみてください。
「Cocoon」吉原トップの花魁・瑠璃が妖怪退治の組織の頭だったという設定の時代ファンタジー。とにかくSF的なタイトルがいけない。遊郭も鬼もわからないのは損。前半は勉強した吉原の細部を書きこみ過ぎだが、後半になってキャラクター小説の上手さが際立ってくる。この調子でシリーズ化できれば、案外いい線いくのかもという某委員の推薦で、奨励賞に決まった。この作品に足りないのは、心に闇を抱えた遊女が変身する敵役「鬼」の圧倒的な怖さ、強さ、切なさだ。絶望感をきちんと書きこまないと、アクションの山が低くなる。伝奇ものは嘘を重ねた嘘が魅力なので、もっと飛距離をだして突き抜けよう。まだまだいけるはず。
「sweet my home」そして問題作が残った。この賞にホラー作品自体がめずらしいのだが、これが実に怖い。爽快なまでに、不気味で悪趣味。ここまで書ければ、逆に立派なものだ。ぼくは湊かなえさんのデビューにも立ち会っているが、あのときと同じ衝撃を覚えた。長野の寒い冬に耐えかねた夫婦が、特殊な構造のエコ住宅を建てる。幸福なはずの冒頭から想像を絶する恐怖の連鎖が始まるのだ。夫も妻も壊れ、兄は倒される。見事なのは超自然的なオカルトではなく、すべて狂気の暗黒から生まれた犯罪として合理的な説明がつくところ。最後の一ページは選考会で、ここまでやるべきかという論議になったほどえぐい。読者がこの作品をどう受けとるか、委員のひとりとして今から楽しみである。神津凛子さん、ここからがスタートです。デビューしたら速度をゆるめず駆け抜けて。

伊集院静

読者に委ねる作品

 今回の選考会はまことに奇妙な感慨を持って終えた。
 受賞作となった神津凛子さんの「sweet my home」は第一回の投票で満票という結果が出て、それにも驚いたが、その後で各候補一作一作の選評を委員の口から聞き、最後に受賞作の評価に至ると、これが投票の数字とは少しかけ離れていた。私のこれまでの経験だと、こういう投票結果の場合、誰かの委員が、絶讚とは言わずとも、強力に推する弁をなさるものだが、どうも様子が違う雰囲気だった。断わっておくが受賞作に対して、私も推し、何事か批判をするものではまったくない。作品中にうかがえる才気、力量は新人らしからぬものがあった。
 私は選考の席で、こう述べた。「大変評価が難しい作品でした。その理由はラストシーンを読み終え、ここまでおそろしい、いやおぞましいと言ってもよいのかもしれない作品に接したのは初めてだからです。私にはこういう作品は書けませんし、着想が浮かびません。ただオカルトと言っていいなら、この種の作品を好む読者に何かを訴えるものがあるのではと、その一点で推しました」
 私はこれまで理解できぬ作品(特に新人の場合)は○×なら×の評価をしてきた。そうしなかった理由は、作品が世に出て、書店の店頭に並び、手にした読者が何かを得る予感がしたからだ。それは怖いものみたさというものではなく、現代の日本人が持つ、或る奇怪な想像力が、ごく普通の人々のこころにもひろがっているのではという予測であり、さらに言えば上田秋成を代表とする奇譚小説が平然と語っているものが、神津さんのラストシーンと変わらないのではないかと思えるからだ。いずれにしても力量、才能ともに今後十分期待できる作品と作家を選出できたと信じるしかあるまい。受賞おめでとう。
 奨励賞を受賞した夏原エヰジさんの「Cocoon」は主人公、瑠璃のキャラクター、周囲の登場人物の設定、鬼、妖怪の扱い、遊廓の精緻な表現、文章力も新人賞としては及第点であった。例年なら受賞を得ていたかもしれない。ただ私が気になったのはこと細かに配置され綻びが見えぬのに、この世界に再び浸りたいという気持ちがしなかった。主人公でも脇役でも、猫であっても、作者の感情移入が同等、もしくは距離感があったせいかもしれない。もっと自分の世界に惚れ込んでしまう強引さも、時には必要な気がした。初瀬みのりさんの「鍋島侯爵夫人」は晶、詠子の冒頭の描写、幼な子の感情表現が良く、これはと思って読み進めたが、後半、侯爵夫人となって話が展開して行くと、ありきたりの明治期の出来事だけが語られてしまう作品になった。才覚を感じた故に惜しい気がした。森谷祐二氏の「G」は他には見られぬ世界で興味深く読んだ。文体をふたつ並行させている点も新しい試みだった。しかし私には読み辛かった。これほどの情報量を持っておられるならもう少し整理して書かれてはと思った。榛葉丈氏の「ハレマチ」は男性雑誌のグラビアの世界をよく描いているが、業界人なら皆が知ること故、この世界を描くだけでは小説の骨が見えない。主人公、モデル、女優も、人であるならもう少し生々しさを描くべきではと思った。

角田光代

ジャンルなど踏み越える力作

「sweet my home」はミステリー小説としてもホラー小説としても、あるいはそうしたジャンル分けなどせずとも、じつにうまく作られた作品である。新居に引っ越した一家に、じょじょに忍び寄る不可解なできごとが、しだいに恐怖の色合いを帯びていく。読みながら私も本気でおそろしくなり、薄気味悪さを感じた。ミスリードの誘導も強引ではなく、巧みに計算してある。後半になって話者が変わるのは、その小説にマイナスに作用しがちだし、中盤で真相(犯人)がわかってしまうと小説の緊迫感が途絶えてしまうことがあるが、本作にはそのどちらもが、先を読ませる異様な力となっている。本田の過去は必要だったのか、ラストはここまでする必要があるのか、というのが私の個人的な感想なのだが、このラストまで持っていった点を評価したいという声も多かった。
「ハレマチ」はていねいに描いてあって読みやすく、仕事小説としておもしろかった。けれども作者は知っていることをその範囲内で描いているという印象が強い。だから語り手の須田怜司は、小説のなかでほとんど変わらない。風俗店にいっても異性と話すことしかできなかった青年が、がむしゃらに仕事をこなし、覚え、性的初体験をすませ、恋人ができ、仕事を楽しいと感じられるようになる、これだけのことがありながら、小説が動いているように思えず、怜司が成長していくように読めない。小説も怜司も、最初から「できあがっている」。小説は、作者のあずかり知らないところまで、読み手も、また同時に作者も連れ出していくときに、はじめて息づくのだと思う。
「Cocoon」は、優遇され恵まれているとはいえ、やはり遊女である瑠璃をはじめ、「黒羽屋」で働く女たちにかなしみがいっさい感じられず、同時に、鬼にならざるを得なかった者たちのかなしみも怒りも感じられない。だから黒雲と鬼の闘いに緊迫感がない。しかしながら小説の世界がきっちりと作られていて、個性もあり、妖たちは魅力的だ。もしかしてかなしみや緊迫感が感じられないのは、作者が書けなかったからではなくて、あえて書かなかったからなのかとも思う。この小説を評価するという声に私は反対しないけれど、でもひとつだけ不満がある。梗概に「この物語は元々シリーズものとして構成してあるので、本作では謎なままの部分も今後明らかにしていく」、と書いてあるが、応募作は応募作ただひとつの小説で、そこであきらかにされない謎は、その小説においてはたんなる矛盾や欠点でしかないと私は思う。
「鍋島侯爵夫人」は行儀のいい小説だと思う。読みやすくうつくしい文章できちんと書いてある。でもタイトル以上のことを描いていない。詠子という人が、文字のなかで息を潜めているようで、いきいきと動き出さない。彼女のかなしみや喜びや戸惑いや嫉妬は、描かれているが、心の動きが文字の向こうから伝わってこない。感情でもできごとでも、ひとつ軸を作ればもう少し小説は強くなったのではないか。 「G」はぶっ飛んだ小説でありながら、最後まで破綻なく、きっちりと描きこんである。読み応えはあるし、この作者にしか書けない世界だと思う。文章がくどく、ひとつのことを説明するのにページを割きすぎで、その饒舌のせいで、迫水晶の天才性や、「G」という組織の凶悪さが削がれてしまったようで、それが惜しいと思った。

花村萬月

充実していました。

 今回は一作品をのぞいてすべて読みやすかったので驚きました。しかも読みにくかった一作品も含めて最終選考作品のすべてが遺漏のない文章として成立していた。じつは最終選考に残った作品であっても非論理的な拙い文章のものがけっこうあるので、これはじつに稀有なことで、伊集院さんが某新人賞に集まっていた良質な作品が小説現代長編新人賞にスライドしてきていると呟いていました。水準の高さに、なるほどと頷きました。
 いちばん読みやすく文章がこなれていたのが「ハレマチ」でした。プロでも榛葉さんより下手くそな文章で飯を食っている小説家がいくらでもいます。が、残念なことに頁を繰るごとにテンションが下がっていって、情報量が多いだけのありがちな『いい話』になってしまいました。正統な文章力があるのですから、ゆるいノンフィクションじみたところに逃げこまず、嘘――虚構の正統を目指して書き続けてください。
 次に読みやすく破綻もなかったのが「鍋島侯爵夫人」でした。鹿鳴館、黄色い猿――と日本人の神経を逆撫でする要素に充ちているのに、しかも小説として見事に水準を超えているのに、なぜかまったく情動を刺激されない。善人ばかりが登場することは一向にかまいませんが、娯楽小説は対立構造を孕むことによって読み手の心を震わせるものです。その部分が脆弱でした。無理に悪ぶる必要もないのですが、初瀬さんは嫉妬心や功名心等々御自身の内側の邪悪なものをきっちり見つめてから書いてください。
 読みやすさで三番目だったのが「Cocoon」でした。書き手は若い人なのでしょう。青臭い描写も愛嬌として受け容れることができる厭味のなさが取り柄ですが、女郎の部屋の調度等、史料で調べたことを列挙してしまうようなところは直しましょう。無数にある調度の中でその女郎をもっとも象徴する道具はなにか。それを見極めて、それのみを描写することを考えてみてください。並べあげると散漫になるし、なによりも単なる説明で終わってしまいます。常に、その場面における最重要な象徴を描くことを心がけてください。夏原さんは新人賞にシリーズ物という掟破りにちかい作品を応募してしまいました。受賞作が決定して、そのままするするとお開きになりそうだったので、私があわててこの作品を奨励賞に推して書籍化することを提案しました。夏原さんはこの一作だけで消えずに、しっかりシリーズとして書き続けることを約束してください。
 読みやすさの点で粒ぞろいだった今回の応募作の中では平均的といったあたりの文章だった「sweet my home」が受賞しました。理由は、読んでいて凄く厭だったからです。厭の字義に『悪夢や精霊に押さえられる。うなされる』とあるのですが、家というものになぜか附随しているあの不安感、微妙に息を詰めて遣り過ごすしかない怖さのようなものが横溢して、じつに厭な作品でした(もちろん褒め言葉です)。殺人事件ですから捜査本部が設置されるはずなのに刑事が単独で行動することや婚約者爆殺等、相当無理があるのですが、情動の底の底にある不安感をたっぷり刺激されました。神津さん、文句なしの受賞作です。
「G」は問題作でした。文章が下手なわけではないのですが、読むのがしんどくて三十頁くらい読んだあたりで眠くなりました。メキシコの描写や脳味噌を喰うといったあたり、映画をトレースしたかのようで退屈してしまったのです。さらに作中、南米の文学がたくさん登場します。私事ですがガルシア=マルケスの「予告された殺人の記録」における腸の描写は私が読んだ小説の中でもっとも巧みなもので、二十年以上前のことですが、否応なしに影響を受けてしまいかねないので読むのをやめました。森谷さんも情報を遮断し、それこそ読書もやめて、自分自身の内面から迫りあがってくるものだけで作品を書くべきです。ともあれ途中から熱気に引き込まれて朝方四時過ぎまでかかって読み終えた「G」でした。ヘロインを使って殺害すれば強烈な多幸感を味わっているうちに死ぬから脳がストレスによって不味くなることはない――といった意味のことが書かれていたけれど、ヘロインを初めて摂取すると気持ちよいどころか嘔吐して苦しみます。痲薬の女王だけあって関門がきついのです。こういったことも含めてあれこれ調べあげているようで、けっこう穴があいていました。あなたの作品を第一位に推した選考委員もいるのです。受賞に至らなかったのは、あちこちから抓んだものが消化不良をおこしていたからです。情報はヘロインであり、情報が小説家を殺すこともあるのです。

朝井まかて

文章への心を

「sweet my home」は構成力があり、最後まで物語の芯を捕えて放さず、狂気に迫りおおせた作品。とくにラスト、家族の再生物語で結着させなかった点にも好感が持てた。気になったのは、前半、主人公の心情がめまぐるしいことと、犯人が家の中を這い回るシーンなど既成の映画を想起させて全く怖くないこと。比喩表現も無神経な箇所が多い。しかし最大の疑問は、トリック装置となっている家の構造だ。現代の住宅建築では現実的ではないと思う。とはいえ、この作品が最も熱があった。神津さん、堂々たる新人賞です。おめでとうございます。
「Cocoon」は設定が面白いので期待して読んだが、中盤まで筋運びのためのムリな事情が多く、ストーリーとエピソードもなかなか噛み合わない。梗概には「シリーズものとして構成してあるので、本作では謎なままの部分も今後明らかにしていきます」とあるが、やはり情報の提示が遅すぎるし、出し惜しみをせずに書いてもどんどん展開していける作品が結果としてシリーズものになる。物語が動き始める後半は主人公がとても魅力的になるので、夏原さんは書けば書くほど腕が上がる人ではないか。奨励賞、おめでとうございます。
「ハレマチ」は舞台も題材も面白いし、作者なりによく調べて書いているのだろうと思いつつ、読み進めるのが難儀だった。説明や講釈が多く、しかも「厭な言い方になるが」といった、誰に対してのエクスキューズなんだろうという文章が挿入されているので、なかなか入り込めない。題材を活かしきれず、主人公の物語を紡げなかった。
「鍋島侯爵夫人」は主人公がいかに成長していくか、とくに意志の強さの変化をよく追っていた。美子皇后や直大のセリフにはいいものがあり、当時の日本美の解釈や「理」と「情」の捉え方も頷けた。惜しむらくは、人物や場面が目に浮かびにくいこと。筋を追うのに手一杯になってしまったか。不平等条約についてもきちんと説明しないと、男たちが条約改正を悲願としていかに力を尽くしたかが読者に伝わりにくい。ラストも主人公から離れた閉じ方なので、歴史本のようになってしまった。けれど力のある作者だし、他の作品も読んでみたいと思う。
「G」については、私は迷いつつも○をつけて選考会に挑んだ。延々と続く講釈や批判が鼻持ちならないし、しかしこれは作者のあくどい企みか、あえてうざったく書いているのかと、先を読み進めてしまったのだ。不用意な言葉遣いや甘い表現も散見され、そのつど我に返ってしまうのだが、また次の展開に引き込まれた。アセシーノと少女の場面など、心を揺さぶられもした。ただ、ギャングのボスの描写がどうにも陳腐で、連続殺人の動機も粗雑に過ぎる。ゆえに推しきれなかった。
 さて、全作品を通じて感じたことがある。皆、題材選びや筋運びには注力しているようなのに、文章そのものが不思議なほど淡いし、無頓着だ。だから小説が織りなす人物も事象も薄い。凝ったものがよいという意味ではなく、ああ、この一行のためにこの作品は生まれたのだなあと思える文章に巡り会いたい。

石田衣良

爽快なまでに不気味で悪趣味

 今回の応募総数は九百九十五篇。最終選考に残された五作品はバラエティに富み、とてもレベルが高かった。いつもの年なら、どの作品が新人賞奨励賞でもおかしくなかった当たり年である。こうした際の選考会は楽しいものだが、今年はさらにひとつサプライズがあって、印象深い年になったことをお知らせしておきます。
「ハレマチ」文章は手慣れているし、首を傾げるおかしな表現もない。十分にプロの水準なのだが、男性週刊誌のグラビア担当という特殊な業界に頼り過ぎたか。お仕事小説ではなく、お仕事「だけ」小説になってしまった。作者は他になにを書けるのかと心配になる。
「G」メキシコで発生した麻薬王がらみの連続殺人事件(三十三〜三十四人殺し?)を日系人が捜査するミステリー。設定はめちゃくちゃでストーリーも意味不明のところがあるが、アクションシーンは上手く、エピソードは印象的という評価に困る作品。この熱気をもって、つぎは日本を舞台に書いたらどうだろうか。あちこちに顔をだす未熟な小説論は、読者には無関係なので削りましょう。センスと可能性は感じる。
「鍋島侯爵夫人」夫に先立たれた数ヵ月後、政略結婚で新たな夫を迎え、そのまま任地イタリアへ。鍋島詠子の数奇な人生を追っていくが、これほどの素材でなぜ盛りあがらないのだろうか。年表を追うだけでなく、そこで生きている人の心の振幅をもっと豊かに表現しなければ、時代小説は歴史書と変わらなくなる。今を生きるあなたと変わらない喜怒哀楽を鮮やかに描きこんでみてください。
「Cocoon」吉原トップの花魁・瑠璃が妖怪退治の組織の頭だったという設定の時代ファンタジー。とにかくSF的なタイトルがいけない。遊郭も鬼もわからないのは損。前半は勉強した吉原の細部を書きこみ過ぎだが、後半になってキャラクター小説の上手さが際立ってくる。この調子でシリーズ化できれば、案外いい線いくのかもという某委員の推薦で、奨励賞に決まった。この作品に足りないのは、心に闇を抱えた遊女が変身する敵役「鬼」の圧倒的な怖さ、強さ、切なさだ。絶望感をきちんと書きこまないと、アクションの山が低くなる。伝奇ものは嘘を重ねた嘘が魅力なので、もっと飛距離をだして突き抜けよう。まだまだいけるはず。
「sweet my home」そして問題作が残った。この賞にホラー作品自体がめずらしいのだが、これが実に怖い。爽快なまでに、不気味で悪趣味。ここまで書ければ、逆に立派なものだ。ぼくは湊かなえさんのデビューにも立ち会っているが、あのときと同じ衝撃を覚えた。長野の寒い冬に耐えかねた夫婦が、特殊な構造のエコ住宅を建てる。幸福なはずの冒頭から想像を絶する恐怖の連鎖が始まるのだ。夫も妻も壊れ、兄は倒される。見事なのは超自然的なオカルトではなく、すべて狂気の暗黒から生まれた犯罪として合理的な説明がつくところ。最後の一ページは選考会で、ここまでやるべきかという論議になったほどえぐい。読者がこの作品をどう受けとるか、委員のひとりとして今から楽しみである。神津凛子さん、ここからがスタートです。デビューしたら速度をゆるめず駆け抜けて。

伊集院静

読者に委ねる作品

 今回の選考会はまことに奇妙な感慨を持って終えた。
 受賞作となった神津凛子さんの「sweet my home」は第一回の投票で満票という結果が出て、それにも驚いたが、その後で各候補一作一作の選評を委員の口から聞き、最後に受賞作の評価に至ると、これが投票の数字とは少しかけ離れていた。私のこれまでの経験だと、こういう投票結果の場合、誰かの委員が、絶讚とは言わずとも、強力に推する弁をなさるものだが、どうも様子が違う雰囲気だった。断わっておくが受賞作に対して、私も推し、何事か批判をするものではまったくない。作品中にうかがえる才気、力量は新人らしからぬものがあった。
 私は選考の席で、こう述べた。「大変評価が難しい作品でした。その理由はラストシーンを読み終え、ここまでおそろしい、いやおぞましいと言ってもよいのかもしれない作品に接したのは初めてだからです。私にはこういう作品は書けませんし、着想が浮かびません。ただオカルトと言っていいなら、この種の作品を好む読者に何かを訴えるものがあるのではと、その一点で推しました」
 私はこれまで理解できぬ作品(特に新人の場合)は○×なら×の評価をしてきた。そうしなかった理由は、作品が世に出て、書店の店頭に並び、手にした読者が何かを得る予感がしたからだ。それは怖いものみたさというものではなく、現代の日本人が持つ、或る奇怪な想像力が、ごく普通の人々のこころにもひろがっているのではという予測であり、さらに言えば上田秋成を代表とする奇譚小説が平然と語っているものが、神津さんのラストシーンと変わらないのではないかと思えるからだ。いずれにしても力量、才能ともに今後十分期待できる作品と作家を選出できたと信じるしかあるまい。受賞おめでとう。
 奨励賞を受賞した夏原エヰジさんの「Cocoon」は主人公、瑠璃のキャラクター、周囲の登場人物の設定、鬼、妖怪の扱い、遊廓の精緻な表現、文章力も新人賞としては及第点であった。例年なら受賞を得ていたかもしれない。ただ私が気になったのはこと細かに配置され綻びが見えぬのに、この世界に再び浸りたいという気持ちがしなかった。主人公でも脇役でも、猫であっても、作者の感情移入が同等、もしくは距離感があったせいかもしれない。もっと自分の世界に惚れ込んでしまう強引さも、時には必要な気がした。初瀬みのりさんの「鍋島侯爵夫人」は晶、詠子の冒頭の描写、幼な子の感情表現が良く、これはと思って読み進めたが、後半、侯爵夫人となって話が展開して行くと、ありきたりの明治期の出来事だけが語られてしまう作品になった。才覚を感じた故に惜しい気がした。森谷祐二氏の「G」は他には見られぬ世界で興味深く読んだ。文体をふたつ並行させている点も新しい試みだった。しかし私には読み辛かった。これほどの情報量を持っておられるならもう少し整理して書かれてはと思った。榛葉丈氏の「ハレマチ」は男性雑誌のグラビアの世界をよく描いているが、業界人なら皆が知ること故、この世界を描くだけでは小説の骨が見えない。主人公、モデル、女優も、人であるならもう少し生々しさを描くべきではと思った。

角田光代

ジャンルなど踏み越える力作

「sweet my home」はミステリー小説としてもホラー小説としても、あるいはそうしたジャンル分けなどせずとも、じつにうまく作られた作品である。新居に引っ越した一家に、じょじょに忍び寄る不可解なできごとが、しだいに恐怖の色合いを帯びていく。読みながら私も本気でおそろしくなり、薄気味悪さを感じた。ミスリードの誘導も強引ではなく、巧みに計算してある。後半になって話者が変わるのは、その小説にマイナスに作用しがちだし、中盤で真相(犯人)がわかってしまうと小説の緊迫感が途絶えてしまうことがあるが、本作にはそのどちらもが、先を読ませる異様な力となっている。本田の過去は必要だったのか、ラストはここまでする必要があるのか、というのが私の個人的な感想なのだが、このラストまで持っていった点を評価したいという声も多かった。
「ハレマチ」はていねいに描いてあって読みやすく、仕事小説としておもしろかった。けれども作者は知っていることをその範囲内で描いているという印象が強い。だから語り手の須田怜司は、小説のなかでほとんど変わらない。風俗店にいっても異性と話すことしかできなかった青年が、がむしゃらに仕事をこなし、覚え、性的初体験をすませ、恋人ができ、仕事を楽しいと感じられるようになる、これだけのことがありながら、小説が動いているように思えず、怜司が成長していくように読めない。小説も怜司も、最初から「できあがっている」。小説は、作者のあずかり知らないところまで、読み手も、また同時に作者も連れ出していくときに、はじめて息づくのだと思う。
「Cocoon」は、優遇され恵まれているとはいえ、やはり遊女である瑠璃をはじめ、「黒羽屋」で働く女たちにかなしみがいっさい感じられず、同時に、鬼にならざるを得なかった者たちのかなしみも怒りも感じられない。だから黒雲と鬼の闘いに緊迫感がない。しかしながら小説の世界がきっちりと作られていて、個性もあり、妖たちは魅力的だ。もしかしてかなしみや緊迫感が感じられないのは、作者が書けなかったからではなくて、あえて書かなかったからなのかとも思う。この小説を評価するという声に私は反対しないけれど、でもひとつだけ不満がある。梗概に「この物語は元々シリーズものとして構成してあるので、本作では謎なままの部分も今後明らかにしていく」、と書いてあるが、応募作は応募作ただひとつの小説で、そこであきらかにされない謎は、その小説においてはたんなる矛盾や欠点でしかないと私は思う。
「鍋島侯爵夫人」は行儀のいい小説だと思う。読みやすくうつくしい文章できちんと書いてある。でもタイトル以上のことを描いていない。詠子という人が、文字のなかで息を潜めているようで、いきいきと動き出さない。彼女のかなしみや喜びや戸惑いや嫉妬は、描かれているが、心の動きが文字の向こうから伝わってこない。感情でもできごとでも、ひとつ軸を作ればもう少し小説は強くなったのではないか。 「G」はぶっ飛んだ小説でありながら、最後まで破綻なく、きっちりと描きこんである。読み応えはあるし、この作者にしか書けない世界だと思う。文章がくどく、ひとつのことを説明するのにページを割きすぎで、その饒舌のせいで、迫水晶の天才性や、「G」という組織の凶悪さが削がれてしまったようで、それが惜しいと思った。

花村萬月

充実していました。

 今回は一作品をのぞいてすべて読みやすかったので驚きました。しかも読みにくかった一作品も含めて最終選考作品のすべてが遺漏のない文章として成立していた。じつは最終選考に残った作品であっても非論理的な拙い文章のものがけっこうあるので、これはじつに稀有なことで、伊集院さんが某新人賞に集まっていた良質な作品が小説現代長編新人賞にスライドしてきていると呟いていました。水準の高さに、なるほどと頷きました。
 いちばん読みやすく文章がこなれていたのが「ハレマチ」でした。プロでも榛葉さんより下手くそな文章で飯を食っている小説家がいくらでもいます。が、残念なことに頁を繰るごとにテンションが下がっていって、情報量が多いだけのありがちな『いい話』になってしまいました。正統な文章力があるのですから、ゆるいノンフィクションじみたところに逃げこまず、嘘――虚構の正統を目指して書き続けてください。
 次に読みやすく破綻もなかったのが「鍋島侯爵夫人」でした。鹿鳴館、黄色い猿――と日本人の神経を逆撫でする要素に充ちているのに、しかも小説として見事に水準を超えているのに、なぜかまったく情動を刺激されない。善人ばかりが登場することは一向にかまいませんが、娯楽小説は対立構造を孕むことによって読み手の心を震わせるものです。その部分が脆弱でした。無理に悪ぶる必要もないのですが、初瀬さんは嫉妬心や功名心等々御自身の内側の邪悪なものをきっちり見つめてから書いてください。
 読みやすさで三番目だったのが「Cocoon」でした。書き手は若い人なのでしょう。青臭い描写も愛嬌として受け容れることができる厭味のなさが取り柄ですが、女郎の部屋の調度等、史料で調べたことを列挙してしまうようなところは直しましょう。無数にある調度の中でその女郎をもっとも象徴する道具はなにか。それを見極めて、それのみを描写することを考えてみてください。並べあげると散漫になるし、なによりも単なる説明で終わってしまいます。常に、その場面における最重要な象徴を描くことを心がけてください。夏原さんは新人賞にシリーズ物という掟破りにちかい作品を応募してしまいました。受賞作が決定して、そのままするするとお開きになりそうだったので、私があわててこの作品を奨励賞に推して書籍化することを提案しました。夏原さんはこの一作だけで消えずに、しっかりシリーズとして書き続けることを約束してください。
 読みやすさの点で粒ぞろいだった今回の応募作の中では平均的といったあたりの文章だった「sweet my home」が受賞しました。理由は、読んでいて凄く厭だったからです。厭の字義に『悪夢や精霊に押さえられる。うなされる』とあるのですが、家というものになぜか附随しているあの不安感、微妙に息を詰めて遣り過ごすしかない怖さのようなものが横溢して、じつに厭な作品でした(もちろん褒め言葉です)。殺人事件ですから捜査本部が設置されるはずなのに刑事が単独で行動することや婚約者爆殺等、相当無理があるのですが、情動の底の底にある不安感をたっぷり刺激されました。神津さん、文句なしの受賞作です。
「G」は問題作でした。文章が下手なわけではないのですが、読むのがしんどくて三十頁くらい読んだあたりで眠くなりました。メキシコの描写や脳味噌を喰うといったあたり、映画をトレースしたかのようで退屈してしまったのです。さらに作中、南米の文学がたくさん登場します。私事ですがガルシア=マルケスの「予告された殺人の記録」における腸の描写は私が読んだ小説の中でもっとも巧みなもので、二十年以上前のことですが、否応なしに影響を受けてしまいかねないので読むのをやめました。森谷さんも情報を遮断し、それこそ読書もやめて、自分自身の内面から迫りあがってくるものだけで作品を書くべきです。ともあれ途中から熱気に引き込まれて朝方四時過ぎまでかかって読み終えた「G」でした。ヘロインを使って殺害すれば強烈な多幸感を味わっているうちに死ぬから脳がストレスによって不味くなることはない――といった意味のことが書かれていたけれど、ヘロインを初めて摂取すると気持ちよいどころか嘔吐して苦しみます。痲薬の女王だけあって関門がきついのです。こういったことも含めてあれこれ調べあげているようで、けっこう穴があいていました。あなたの作品を第一位に推した選考委員もいるのです。受賞に至らなかったのは、あちこちから抓んだものが消化不良をおこしていたからです。情報はヘロインであり、情報が小説家を殺すこともあるのです。

最終候補作品

  • sweet my home / 神津かみづ 凛子
  • ハレマチ / 榛葉しんば
  • Cocoon / 夏原なつばら エヰジえいじ
  • 鍋島侯爵夫人 / 初瀬はせ みのり
  • G / 森谷もりや 祐二

選考委員

朝井まかて

石田衣良

伊集院静

角田光代

花村萬月

これまでの結果