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トップ > 小説現代長編新人賞 > 第10回小説現代新人賞

第10回小説現代新人賞

坂上 琴

ヒモの穴

受賞者の言葉

 アルコール依存症と宣告されて、久里浜の病院に三ヵ月入院した時、年上の友人が宿題をくれた。「これまで読んだ、どの小説よりも面白い小説のあらすじと書き出しを、原稿用紙各一枚に記せ。それは、あなたの人生でこれから出会うであろう一番面白い小説である。ただし、その小説はまだこの世に存在しない」

 食道やら大腸やらの検査の合間に、ベッドでA4判の原稿用紙に向かった。鉛筆を握りしめ、三日かけて書いた原稿を、友人に郵送した。人生で一番面白いかどうかは別にして、酒に浸った前頭葉が、まだ働いてくれることと、手の震えが止まって字が書けることが嬉しかった。友人は、「面白い」とメールをくれ、続きを書くよう促した。

 受賞作は、その時のあらすじと書き出しを、娑婆に出て膨らませ、書き継いだものだ。私は新聞記者として、三十年近い経験があるが、原稿用紙換算で五枚以上の記事は書いたことがない。小説という形式も初めてだった。中学生のころから畏敬している棋士と、これも愛さずにはいられない踊り子を思い描きながら、病床で書いた原稿に肉付けした。百枚を超えるあたりから、将棋指しは盤上に没我となり、踊り子は盆の上で汗をしたたらせた。

 これが、小説になっているかどうか自信はなかった。ただただ、病み上がりのリハビリ中の身で、三百枚近い原稿が書けたことに感謝した。「新人に限る」「ジャンルを問わず」という募集要項を見て、臆面もなく応募した。まさかの高い評価を得て、とりあえず小説になっていたんだ、という自信と、友人との約束を果たした安堵を感じている。

 原稿に携わる者として、新聞記者の先輩であり、師でもある岡本嗣郎氏に今回の受賞を報告したい。岡本氏は『9四歩の謎 孤高の棋士・坂田三吉伝』を世に問うたノンフィクション作家である。泉下の岡本氏と、アルコール依存症の私。酒を酌み交わして祝うことができないのが唯一、心残りである。



坂上 琴(さかがみ・こと)

1961年広島県生まれ。広島大学附属中学校・高校卒業、二浪の後、京都大学文学部入学、同文学部史学科卒業。毎日新聞に入社し、姫路・高松支局を経て、大阪本社社会部へ。2012年、アルコール依存症と診断され二カ月半、断酒治療を受ける。2014年6月、毎日新聞社を退社。広島県福山市在住。

梗概

男は公園の芝生の上で目覚めた。名前も、いる場所も思い出せない。横須賀の公園らしい。とりあえず発泡酒を飲む。
 記憶が少しずつ蘇る。昨夜はスナックで、犬を連れた女性と一緒に飲んでいた気がする。途方に暮れていると、その女性から携帯電話に連絡が入り、二人は再会する。女性は聖良と名乗り、男を「三ちゃん」と呼んだ。男はどうやらアルコール依存症らしく、発泡酒と抗酒剤をいっしょに飲んでしまったようで、苦しみだす。聖良のマンションへ連れていかれ、男女二人と犬一匹の共同生活が始まった。
 聖良は本名を依子といい、全国の劇場を回る踊り子だった。料理と飼い犬の世話を男が担当する。しばらく「主夫」をしていると、依子から大阪・天満劇場行きを告げられる。十日間の舞台があるのだそうだ。男もマネージャーとして同行することに。夜行バスで大阪へ向かった。
 劇場では、マネージャーは舞台の袖で踊り子の世話をする。男は役割を果たすが、ヒモのような生活でもある。楽屋で将棋を指してみると桁違いの強さを発揮する。その後、百万円単位の真剣勝負に巻き込まれ、さらには男の正体が、有名な棋士であることが判明するが……。

男は公園の芝生の上で目覚めた。名前も、いる場所も思い出せない。横須賀の公園らしい。とりあえず発泡酒を飲む。
 記憶が少しずつ蘇る。昨夜はスナックで、犬を連れた女性と一緒に飲んでいた気がする。途方に暮れていると、その女性から携帯電話に連絡が入り、二人は再会する。女性は聖良と名乗り、男を「三ちゃん」と呼んだ。男はどうやらアルコール依存症らしく、発泡酒と抗酒剤をいっしょに飲んでしまったようで、苦しみだす。聖良のマンションへ連れていかれ、男女二人と犬一匹の共同生活が始まった。
 聖良は本名を依子といい、全国の劇場を回る踊り子だった。料理と飼い犬の世話を男が担当する。しばらく「主夫」をしていると、依子から大阪・天満劇場行きを告げられる。十日間の舞台があるのだそうだ。男もマネージャーとして同行することに。夜行バスで大阪へ向かった。
 劇場では、マネージャーは舞台の袖で踊り子の世話をする。男は役割を果たすが、ヒモのような生活でもある。楽屋で将棋を指してみると桁違いの強さを発揮する。その後、百万円単位の真剣勝負に巻き込まれ、さらには男の正体が、有名な棋士であることが判明するが……。

選評

石田衣良

あなたのストロングポイントは?

 出版の世界は音楽CD市場と同じように年々縮小している。これからデビューする新人には、生き残りのため最初から強い武器が必要だ。今回は「これだ!」というストロングポイントをもつ作品は残念ながら見あたらなかった。自分はなにを書きたいのか、もっと徹底的に考え抜いてください。
「虹のかけ方」
 事故死した夫の謎を残された妻が解明するロマンチックミステリー。色鉛筆を倒し意思を通じる場面などなかなかいいが、展開が安易。苦しまずに糸口がつぎつぎと見つかるのでサスペンスが淡く、ミステリーとして弱い。映画『ゴーストニューヨークの幻』の既視感が強く、長篇小説のクライマックスとしては、ストーカーとの対決部分も弱かった。
「淡い光」
 ペンネームから熱烈な藤沢周平ファンだと知れるが、影響が強すぎて興ざめ。人物設定をそのままいただくのは論外。文章に時代小説らしい味わいが欠けている。肝心の剣戟場面もあっさりしすぎ。反面、物語をおおきく展開し、どんでん返しを決める腕力はある。オリジナリティの再構築を。
「白い道標」
 作者はかなり若いのだろうか。文章があちこちでおかしく、道具立ても月並み。お決まりのいじめと義父による性的虐待。夫に逃げられた母は情緒不安定なスパルタママ。マンガ的な設定が続く。けれど、主人公の人生を十五年近くにわたりどこまでも追っていく粘り強さには、作者の美質がうかがえる。つぎになにが書けるか予測不能だが、筆力はあるのだと思う。この作品でデビューしないほうが、将来を考えるといい。
「子宮の疵痕」
 すべての人物に謎が仕掛けてある。ミステリアスな雰囲気を描くのが巧い。感情移入できるキャラクターをひとりも登場させずに、これだけ読ませるのは作者のお手柄。男性一人称や冒頭部には傷もある。女性観が古くさいのも気になる部分だ。しかし欠点も含めた上で、作者がほんとうに書きたいものを書いたという誠実さは認めねばならない。
「ヒモの穴」
 一人称の文章はこなれて読みやすい。会話のテンポもよく、作者はなかなかの手練れ。記憶喪失のアル中男とストリッパーの大人のお伽話だ。深夜バスのおしっこやかやくご飯は記憶に残るいいエピソードだった。前半はアメリカンニューシネマにも似たまったりした空気感が好印象。問題は男が将棋の舛田八段という設定。小味な洒落た大人の小説が、後半は中年男の願望充足ファンタジーに止まった。筆力は十分で、プロの水準に達していると思う。おめでとう、坂上琴さん。最初の三冊で一滴も残さず、自分のすべてを出し切るつもりで、がんばってください。

伊集院静

小説の構え

 今年も八百余篇の募集作品が集まったそうである。小説を書くことを目指す人が、これほど多くいて下さるのは嬉しい限りである。小説を書く最初は、書こうとする意志信念と、その前提にあるのは、小説の力を信じることだと私は思う。意志と信念と書いたが、実はそう肩肘張った動機でなくとも、その人がパソコンなり、原稿用紙にむかって何かを書こうとする姿は、人としてカタチが良い、と私は思うのである。さてその発起は素晴らしいのだが、いざ書いてみると、これが一筋縄ではいかない。どうしてか? 上手く書こうとか、いきなり名作を書こうと意気込むからである。上手い小説というのは決して良いものではないし、名作というのも怪しいと私は思っている。大切なことは、その作品に作者の書かざるを得なかった【何か】があるかどうかである。私たち選考委員は、それを見つけることが使命とも言える。今回、五篇の最終候補作を読んで、大きな期待を抱いたが、少なからず失望もした。失望は作者の覚悟が最後まで伝わってこなかったからである。どうして伝わって来なかったかは、後述する。
 受賞作、坂上琴氏の「ヒモの穴」を読んで、最初に感じたことは、この作者は、これしか今は書けないという作者の人生の関わりを信じて書きはじめているということだ。そのことは多分に私たちが騙されている嫌いがないでもないが、それでもかまわないのである。他の候補作との違いは、少なくとも作家が、この作品の現場を目にしているのではないかと思わせたことだ。次に作者が、分をわきまえているふうに感じさせたことが、小説に必要な〝分の構え〟がある。その点が他の候補作品とは繊細さにおいて引き離していた。さまざまな小説家がいて(私もその一人だが)この小説世界は成立をしている。成立と書いたが、これほどあやうい職業も珍しい。そのあやうさは後になって知ればいいことだが、少なくとも小説家になる人は、それが最初からわかっている面も持ち合わせていなくてはならない。「ヒモの穴」には人間の持つ臭いが描かれていた。ストリップ劇場の描写にも、私は見たことがないが、そういうことかもしれないと思わせるものがあった。リアリティが書けていたのである。しかしリアリティほど余韻がないものはない。そうであるから、いかにありそうに書くのかが、作家の筆力、腕力である。力があったということだろう。ともかく、人間を見つめる作者の〝眼〟が良かった。小説現代長編新人賞に十分かなう作品である。
 柏木青氏の「虹のかけ方」は終始、謎解きをしている人間の動きが目立ち過ぎて、作品の情緒が不足していた。ただ文章力もあり、小説の題材をもう少し練ってみてはと思った。島崎比呂氏の「子宮の疵痕」は題名がしめすとおり、テーマを大きく見過ぎて、肝心の人間の切なさが伝わらなかった。私が受賞作以外で期待を持ったのは松嶋紘巳氏の「白い道標」である。冒頭は、ここ最近の小説応募作によくみられるイジメ、校内でのやりとりがあり、これはよくあるパターンかと思ったが、読み進めていくうちに、この作家のバイタリティが伝わって来た。ぜひ今後に期待したい。

角田光代

「人」を読みたい

 夫の電車事故の真相をさぐる妻と、肉体を持たない意識としての夫の語り口で進む『虹のかけ方』。作者が物語を作ることに執心しすぎて、人の感情、心の動きというものを無視しているように思えてならない。たとえば、夫は事故死ではなく殺されたと知った直後に、家に帰ると郵便受けに花束が入っている。差出人のわからない誕生日プレゼントを、このタイミングで人は喜ぶことができるだろうか? 事故現場に震える脚で立つその数分後に、いくら気持ちを切り替えたとはいえ、小学生の眼鏡を見て、親のセンスに思いを馳せるだろうか? そういう人もいるかもしれない。でもこの渚という女性は、はたしてそういう、殺人にさほど動転しないタイプの人だろうか。
『子宮の疵痕』も、物語を優先しすぎている。それから盛りこみすぎだ。デリヘル嬢操、その母親、料理教室の講師瑞希、夫純介、操、瑞希と知り合う唐沢、その親、登場人物ひとりずつにひとつ、応募枚数分が必要なほどの過去と謎がある。小説を作ろうという気概を感じるのだが、複雑にすれば小説が立ち上がるというのでもない。ただ必然性のない偶然がちりばめられることになってしまう。過去と謎を持つのは、ひとりでもいいのではないだろうか。
『淡い光』は、気負っている文章と気を抜いた文章が入り交じりすぎている、という印象を持った。そのどちらもに、今ふうの言葉(「上から目線」というような)がちりばめられているのが、作者の意図なのかもしれないけれど、気になってしまう。少年時代の竜之介は、ある場面を見て、友人である市之進を激しく憎むようになり、その憎しみにたきつけられるように彼の悪事を暴こうとするのだが、ここに描かれるシンプルな誤解にいき着くには、歳月が長すぎやしないだろうか。その後のどんでん返しには私は素直に驚かされたが、誤解の時間が長いだけに、展開が急すぎて、ごたついて感じられた。
『白い道標』は不思議な魅力を持った小説だ。いじめられている女の子と、親とうまくいかない少年が逃避行する、という展開はありがちだが、小説はそのままどこまでも進む。いったいどこまで進むのかと思っていたら十五年後まで進むのである! ここまで破綻なく書けるのは本当にすごいことだが、もしこのように大きな嘘を作るのだとするのなら、何かひとつ、徹底的な説得をしなければならない。山の暮らしの細部でもいい、出産のシーンでもいい、子育ての苦労でもいい、読み手を説得させられるくらいリアリティを持って細部まで書きこむか、あるいはリアリティ以外の何かを持ってこなくてはならない。そうしないと嘘は小説にはならない。そこがとても残念だけれど、しかし十五年の年月を書き切る筆力はみごとだと思う。
『ヒモの穴』は、最終候補作のなかで唯一、心を持った人を書こうとしている。だから、あたたかみがある。ストリッパーの女とアルコール依存の男が知り合い、そのまま巡業の旅に出る。登場する人すべてに味があり、描かれる料理がみな印象深い。中年女性のストリッパーたちも魅力的だ。風景も、小屋のなかも、飲食店も、きっちりと書きこんでいて、独特の世界をみごとに作り上げている。強いていうならば、ラストはちょっときれいにまとめすぎにも思う。けれども、この作品の持つのどかさ、おおらかさは、大きな力だ。
 今回は、ストーリーを重視して書かれたものが多かった。しかし、ストーリーが展開するから登場人物の心が動くのではなくて、登場人物の心が動くからストーリーは展開していくのである。

花村萬月

たしかに執筆は恥ずかしいものです。

〈サーフィン入門〉という書籍があるとします。サーフィンに興味をもっている貴方は熟読し、諸々の技術や波の成り立ち、あるいは海底地形のことまで頭に入れました。さあ、これで貴方は一流のプロサーファーです。と書けば、そんなわけないでしょう――と突っ込まれてしまうでしょう。なにせ読んだだけですから。つまり知っているだけですから。知識が頭に入ったからといって波に乗れるかといえば、そこから先は海に出向いて実践あるのみ。そして実践の場ではなによりも運動神経、大雑把に括ってしまえばセンスがものをいいます。たぶんセンスのある人は〈サーフィン入門〉を読まなくとも、見よう見まねと若干の試行錯誤で貴方よりも巧みに波に乗ってしまうでしょう。最近の新人賞応募作品は、小説入門という書籍を繙いたりカルチャーセンターで勉強したような、あるいはネットに散在する無数の(小説執筆に関わる)情報を頭に入れて、こんなものでしょうと書きあげてしまったかのような痛々しいものが目立ちます。どういうことかというと選考の場における貴方の作品は、当人は波に乗っているつもりらしいのですが、端から見るとサーフボードに腹這いになって海に浮かんでいるだけなのです。これでは浮き輪で波間を漂っているのといっしょで、あるいはかろうじてボードの上に立ちあがってはいますが、湘南の凪の海でそれをしても誰も凄いとは感じません。知識で頭をいっぱいにすると、己の願望も加味されていっぱしのプロサーファーのような気分に陥ってしまいがちですが、見ず知らずの人間がそれを目の当たりにすれば、頬笑ましく思うか小バカにするかといったところ、日本語が読み書きできるからと安直に考えてはじめると、これほど難物もないというのが小説です。得点が低かった順から〈淡い光〉は時代小説のあれこれを要領よく抓んだつもりの傷の多すぎる作品でした。時代小説に対して考証原理主義を当てはめる気は一切ありませんが、剣戟場面で『刀の濃口を切る』とあって、醤油の容器の天辺でも切り落とすのか――と頭を抱えました。パソコンで『こいくち』と入力して変換すると『濃口』となります。ちなみに『鯉口』に変換するには『こいぐち』と入力しなければなりませんから、長門さんは鯉口をあくまでも『こいくち』だと思っているのでしょう。涼花という武士の娘の会話の語尾が『ナニナニじゃん』というに至っては、もはや言葉もない。こういった事柄はごく一例であって、あまりにも安易に時代小説に手を出してしまいました。私はどんなスタイルの時代小説があってもよいと思っていますが、藤沢周平を抓んでおいてこれはないでしょう。〈子宮の疵痕〉は複雑な物語を構築したのはいいけれど、それらを性に絡めて描くという心意気も悪くないけれど、いかんせん登場人物が類型的で既視感が強く、しかも偶然が多すぎて、作者自身もこれはまずいと思ったのか、謎の解決部分で登場人物に『やっぱりね。凄い偶然』と言わせて読み手の苦笑いを誘ってしまいました。解決を偶然に頼った作品はプロにも多々見られますが、程度問題です。夢オチと同様に偶然での解決は、じつは厳密な虚構においては本質的に一切許されないことなので肝に銘じてください。鉛筆を倒して霊界通信の〈虹のかけ方〉でしたが、これも突っ込みどころ満載で、小学生に殺人を頼むか? という大いなる疑問とあわせて、せめて『神社の仏像』といった(ひょっとしたら仏様が飾られた神社もあるのかもしれませんが)ちいさな齟齬を推敲で正してから応募してください。〈白い道標〉は私にも馴染みの土地が登場するので絵が泛びやすかったということもあるのでしょうが、そして得点も高くはなかったのですが、BABIES MAKIN’ BABIES(スライの名曲です)を描くねちっこさから虚構に対する執着が読み手にも伝わってきました。未熟ですがセンスの萌芽も感じられます。紋切り型の人物を描かぬよう意識して執筆を続けてください。受賞作の〈ヒモの穴〉は題名が悪すぎる。将棋絡みだったので、以前の受賞作とかぶる。いささか古さを感じさせる――といったことはあるのですが、今回の応募作のなかでは唯一、小説として過不足のない平易な言葉で書かれ(これは、じつは凄いことなのです)、しかも最後まで読み手の気をそらさずに読ませるだけの筆力がありました。ですから私も○をつけたし、二位だった作品の三倍の得点をものにしました。新人にして中堅作家の手堅さがあり、即戦力だろうと強く推しました。ただ最後に結ばれる感動的な場面、作者に照れがあったのか股間の様子を『フランクフルト』なる比喩であらわしてしまいました。もったいない。この比喩は不要なので削ってください。誰だって恥ずかしいものですが、照れずに書くのが性を描く上での最重要点です。山場では比喩を排す――というプロの執筆に隠された秘密を坂上さんならば理解できるでしょうから祝福の言葉に代えて贈ります。今後の活躍を祈っています。酒よりも中毒性が強いのが小説執筆です。うまくいかないときほど、俺は小説中毒なんだ――と己に言い聞かせて書きまくってください。
 最後に以前、ツイッターで呟いてしまったのですが『描写は具象、説明は抽象ということを理解しないまま小説を書いてしまう人が多い。意図したものならばともかく、基本的に小説という表現では説明を避けたほうが賢明です』という言葉を新たな才能ある応募者に囁いておきます。ボードから落ちてしまうことを恐れずに、途轍もない大波に向かってとことん悪戦苦闘してください。

石田衣良

あなたのストロングポイントは?

 出版の世界は音楽CD市場と同じように年々縮小している。これからデビューする新人には、生き残りのため最初から強い武器が必要だ。今回は「これだ!」というストロングポイントをもつ作品は残念ながら見あたらなかった。自分はなにを書きたいのか、もっと徹底的に考え抜いてください。
「虹のかけ方」
 事故死した夫の謎を残された妻が解明するロマンチックミステリー。色鉛筆を倒し意思を通じる場面などなかなかいいが、展開が安易。苦しまずに糸口がつぎつぎと見つかるのでサスペンスが淡く、ミステリーとして弱い。映画『ゴーストニューヨークの幻』の既視感が強く、長篇小説のクライマックスとしては、ストーカーとの対決部分も弱かった。
「淡い光」
 ペンネームから熱烈な藤沢周平ファンだと知れるが、影響が強すぎて興ざめ。人物設定をそのままいただくのは論外。文章に時代小説らしい味わいが欠けている。肝心の剣戟場面もあっさりしすぎ。反面、物語をおおきく展開し、どんでん返しを決める腕力はある。オリジナリティの再構築を。
「白い道標」
 作者はかなり若いのだろうか。文章があちこちでおかしく、道具立ても月並み。お決まりのいじめと義父による性的虐待。夫に逃げられた母は情緒不安定なスパルタママ。マンガ的な設定が続く。けれど、主人公の人生を十五年近くにわたりどこまでも追っていく粘り強さには、作者の美質がうかがえる。つぎになにが書けるか予測不能だが、筆力はあるのだと思う。この作品でデビューしないほうが、将来を考えるといい。
「子宮の疵痕」
 すべての人物に謎が仕掛けてある。ミステリアスな雰囲気を描くのが巧い。感情移入できるキャラクターをひとりも登場させずに、これだけ読ませるのは作者のお手柄。男性一人称や冒頭部には傷もある。女性観が古くさいのも気になる部分だ。しかし欠点も含めた上で、作者がほんとうに書きたいものを書いたという誠実さは認めねばならない。
「ヒモの穴」
 一人称の文章はこなれて読みやすい。会話のテンポもよく、作者はなかなかの手練れ。記憶喪失のアル中男とストリッパーの大人のお伽話だ。深夜バスのおしっこやかやくご飯は記憶に残るいいエピソードだった。前半はアメリカンニューシネマにも似たまったりした空気感が好印象。問題は男が将棋の舛田八段という設定。小味な洒落た大人の小説が、後半は中年男の願望充足ファンタジーに止まった。筆力は十分で、プロの水準に達していると思う。おめでとう、坂上琴さん。最初の三冊で一滴も残さず、自分のすべてを出し切るつもりで、がんばってください。

伊集院静

小説の構え

 今年も八百余篇の募集作品が集まったそうである。小説を書くことを目指す人が、これほど多くいて下さるのは嬉しい限りである。小説を書く最初は、書こうとする意志信念と、その前提にあるのは、小説の力を信じることだと私は思う。意志と信念と書いたが、実はそう肩肘張った動機でなくとも、その人がパソコンなり、原稿用紙にむかって何かを書こうとする姿は、人としてカタチが良い、と私は思うのである。さてその発起は素晴らしいのだが、いざ書いてみると、これが一筋縄ではいかない。どうしてか? 上手く書こうとか、いきなり名作を書こうと意気込むからである。上手い小説というのは決して良いものではないし、名作というのも怪しいと私は思っている。大切なことは、その作品に作者の書かざるを得なかった【何か】があるかどうかである。私たち選考委員は、それを見つけることが使命とも言える。今回、五篇の最終候補作を読んで、大きな期待を抱いたが、少なからず失望もした。失望は作者の覚悟が最後まで伝わってこなかったからである。どうして伝わって来なかったかは、後述する。
 受賞作、坂上琴氏の「ヒモの穴」を読んで、最初に感じたことは、この作者は、これしか今は書けないという作者の人生の関わりを信じて書きはじめているということだ。そのことは多分に私たちが騙されている嫌いがないでもないが、それでもかまわないのである。他の候補作との違いは、少なくとも作家が、この作品の現場を目にしているのではないかと思わせたことだ。次に作者が、分をわきまえているふうに感じさせたことが、小説に必要な〝分の構え〟がある。その点が他の候補作品とは繊細さにおいて引き離していた。さまざまな小説家がいて(私もその一人だが)この小説世界は成立をしている。成立と書いたが、これほどあやうい職業も珍しい。そのあやうさは後になって知ればいいことだが、少なくとも小説家になる人は、それが最初からわかっている面も持ち合わせていなくてはならない。「ヒモの穴」には人間の持つ臭いが描かれていた。ストリップ劇場の描写にも、私は見たことがないが、そういうことかもしれないと思わせるものがあった。リアリティが書けていたのである。しかしリアリティほど余韻がないものはない。そうであるから、いかにありそうに書くのかが、作家の筆力、腕力である。力があったということだろう。ともかく、人間を見つめる作者の〝眼〟が良かった。小説現代長編新人賞に十分かなう作品である。
 柏木青氏の「虹のかけ方」は終始、謎解きをしている人間の動きが目立ち過ぎて、作品の情緒が不足していた。ただ文章力もあり、小説の題材をもう少し練ってみてはと思った。島崎比呂氏の「子宮の疵痕」は題名がしめすとおり、テーマを大きく見過ぎて、肝心の人間の切なさが伝わらなかった。私が受賞作以外で期待を持ったのは松嶋紘巳氏の「白い道標」である。冒頭は、ここ最近の小説応募作によくみられるイジメ、校内でのやりとりがあり、これはよくあるパターンかと思ったが、読み進めていくうちに、この作家のバイタリティが伝わって来た。ぜひ今後に期待したい。

角田光代

「人」を読みたい

 夫の電車事故の真相をさぐる妻と、肉体を持たない意識としての夫の語り口で進む『虹のかけ方』。作者が物語を作ることに執心しすぎて、人の感情、心の動きというものを無視しているように思えてならない。たとえば、夫は事故死ではなく殺されたと知った直後に、家に帰ると郵便受けに花束が入っている。差出人のわからない誕生日プレゼントを、このタイミングで人は喜ぶことができるだろうか? 事故現場に震える脚で立つその数分後に、いくら気持ちを切り替えたとはいえ、小学生の眼鏡を見て、親のセンスに思いを馳せるだろうか? そういう人もいるかもしれない。でもこの渚という女性は、はたしてそういう、殺人にさほど動転しないタイプの人だろうか。
『子宮の疵痕』も、物語を優先しすぎている。それから盛りこみすぎだ。デリヘル嬢操、その母親、料理教室の講師瑞希、夫純介、操、瑞希と知り合う唐沢、その親、登場人物ひとりずつにひとつ、応募枚数分が必要なほどの過去と謎がある。小説を作ろうという気概を感じるのだが、複雑にすれば小説が立ち上がるというのでもない。ただ必然性のない偶然がちりばめられることになってしまう。過去と謎を持つのは、ひとりでもいいのではないだろうか。
『淡い光』は、気負っている文章と気を抜いた文章が入り交じりすぎている、という印象を持った。そのどちらもに、今ふうの言葉(「上から目線」というような)がちりばめられているのが、作者の意図なのかもしれないけれど、気になってしまう。少年時代の竜之介は、ある場面を見て、友人である市之進を激しく憎むようになり、その憎しみにたきつけられるように彼の悪事を暴こうとするのだが、ここに描かれるシンプルな誤解にいき着くには、歳月が長すぎやしないだろうか。その後のどんでん返しには私は素直に驚かされたが、誤解の時間が長いだけに、展開が急すぎて、ごたついて感じられた。
『白い道標』は不思議な魅力を持った小説だ。いじめられている女の子と、親とうまくいかない少年が逃避行する、という展開はありがちだが、小説はそのままどこまでも進む。いったいどこまで進むのかと思っていたら十五年後まで進むのである! ここまで破綻なく書けるのは本当にすごいことだが、もしこのように大きな嘘を作るのだとするのなら、何かひとつ、徹底的な説得をしなければならない。山の暮らしの細部でもいい、出産のシーンでもいい、子育ての苦労でもいい、読み手を説得させられるくらいリアリティを持って細部まで書きこむか、あるいはリアリティ以外の何かを持ってこなくてはならない。そうしないと嘘は小説にはならない。そこがとても残念だけれど、しかし十五年の年月を書き切る筆力はみごとだと思う。
『ヒモの穴』は、最終候補作のなかで唯一、心を持った人を書こうとしている。だから、あたたかみがある。ストリッパーの女とアルコール依存の男が知り合い、そのまま巡業の旅に出る。登場する人すべてに味があり、描かれる料理がみな印象深い。中年女性のストリッパーたちも魅力的だ。風景も、小屋のなかも、飲食店も、きっちりと書きこんでいて、独特の世界をみごとに作り上げている。強いていうならば、ラストはちょっときれいにまとめすぎにも思う。けれども、この作品の持つのどかさ、おおらかさは、大きな力だ。
 今回は、ストーリーを重視して書かれたものが多かった。しかし、ストーリーが展開するから登場人物の心が動くのではなくて、登場人物の心が動くからストーリーは展開していくのである。

花村萬月

たしかに執筆は恥ずかしいものです。

〈サーフィン入門〉という書籍があるとします。サーフィンに興味をもっている貴方は熟読し、諸々の技術や波の成り立ち、あるいは海底地形のことまで頭に入れました。さあ、これで貴方は一流のプロサーファーです。と書けば、そんなわけないでしょう――と突っ込まれてしまうでしょう。なにせ読んだだけですから。つまり知っているだけですから。知識が頭に入ったからといって波に乗れるかといえば、そこから先は海に出向いて実践あるのみ。そして実践の場ではなによりも運動神経、大雑把に括ってしまえばセンスがものをいいます。たぶんセンスのある人は〈サーフィン入門〉を読まなくとも、見よう見まねと若干の試行錯誤で貴方よりも巧みに波に乗ってしまうでしょう。最近の新人賞応募作品は、小説入門という書籍を繙いたりカルチャーセンターで勉強したような、あるいはネットに散在する無数の(小説執筆に関わる)情報を頭に入れて、こんなものでしょうと書きあげてしまったかのような痛々しいものが目立ちます。どういうことかというと選考の場における貴方の作品は、当人は波に乗っているつもりらしいのですが、端から見るとサーフボードに腹這いになって海に浮かんでいるだけなのです。これでは浮き輪で波間を漂っているのといっしょで、あるいはかろうじてボードの上に立ちあがってはいますが、湘南の凪の海でそれをしても誰も凄いとは感じません。知識で頭をいっぱいにすると、己の願望も加味されていっぱしのプロサーファーのような気分に陥ってしまいがちですが、見ず知らずの人間がそれを目の当たりにすれば、頬笑ましく思うか小バカにするかといったところ、日本語が読み書きできるからと安直に考えてはじめると、これほど難物もないというのが小説です。得点が低かった順から〈淡い光〉は時代小説のあれこれを要領よく抓んだつもりの傷の多すぎる作品でした。時代小説に対して考証原理主義を当てはめる気は一切ありませんが、剣戟場面で『刀の濃口を切る』とあって、醤油の容器の天辺でも切り落とすのか――と頭を抱えました。パソコンで『こいくち』と入力して変換すると『濃口』となります。ちなみに『鯉口』に変換するには『こいぐち』と入力しなければなりませんから、長門さんは鯉口をあくまでも『こいくち』だと思っているのでしょう。涼花という武士の娘の会話の語尾が『ナニナニじゃん』というに至っては、もはや言葉もない。こういった事柄はごく一例であって、あまりにも安易に時代小説に手を出してしまいました。私はどんなスタイルの時代小説があってもよいと思っていますが、藤沢周平を抓んでおいてこれはないでしょう。〈子宮の疵痕〉は複雑な物語を構築したのはいいけれど、それらを性に絡めて描くという心意気も悪くないけれど、いかんせん登場人物が類型的で既視感が強く、しかも偶然が多すぎて、作者自身もこれはまずいと思ったのか、謎の解決部分で登場人物に『やっぱりね。凄い偶然』と言わせて読み手の苦笑いを誘ってしまいました。解決を偶然に頼った作品はプロにも多々見られますが、程度問題です。夢オチと同様に偶然での解決は、じつは厳密な虚構においては本質的に一切許されないことなので肝に銘じてください。鉛筆を倒して霊界通信の〈虹のかけ方〉でしたが、これも突っ込みどころ満載で、小学生に殺人を頼むか? という大いなる疑問とあわせて、せめて『神社の仏像』といった(ひょっとしたら仏様が飾られた神社もあるのかもしれませんが)ちいさな齟齬を推敲で正してから応募してください。〈白い道標〉は私にも馴染みの土地が登場するので絵が泛びやすかったということもあるのでしょうが、そして得点も高くはなかったのですが、BABIES MAKIN’ BABIES(スライの名曲です)を描くねちっこさから虚構に対する執着が読み手にも伝わってきました。未熟ですがセンスの萌芽も感じられます。紋切り型の人物を描かぬよう意識して執筆を続けてください。受賞作の〈ヒモの穴〉は題名が悪すぎる。将棋絡みだったので、以前の受賞作とかぶる。いささか古さを感じさせる――といったことはあるのですが、今回の応募作のなかでは唯一、小説として過不足のない平易な言葉で書かれ(これは、じつは凄いことなのです)、しかも最後まで読み手の気をそらさずに読ませるだけの筆力がありました。ですから私も○をつけたし、二位だった作品の三倍の得点をものにしました。新人にして中堅作家の手堅さがあり、即戦力だろうと強く推しました。ただ最後に結ばれる感動的な場面、作者に照れがあったのか股間の様子を『フランクフルト』なる比喩であらわしてしまいました。もったいない。この比喩は不要なので削ってください。誰だって恥ずかしいものですが、照れずに書くのが性を描く上での最重要点です。山場では比喩を排す――というプロの執筆に隠された秘密を坂上さんならば理解できるでしょうから祝福の言葉に代えて贈ります。今後の活躍を祈っています。酒よりも中毒性が強いのが小説執筆です。うまくいかないときほど、俺は小説中毒なんだ――と己に言い聞かせて書きまくってください。
 最後に以前、ツイッターで呟いてしまったのですが『描写は具象、説明は抽象ということを理解しないまま小説を書いてしまう人が多い。意図したものならばともかく、基本的に小説という表現では説明を避けたほうが賢明です』という言葉を新たな才能ある応募者に囁いておきます。ボードから落ちてしまうことを恐れずに、途轍もない大波に向かってとことん悪戦苦闘してください。

最終候補作品

  • 虹のかけ方 / 柏木 青
  • ヒモの穴 / 坂上 琴
  • 子宮の疵痕 / 島崎比呂
  • 淡い光 / 長門周治
  • 白い道標 / 松嶋紘巳